それ以降、雛菊の面倒を見るようになったのは実質鬼塚一人だった。ほかの組員は見て見ぬふりをするか、よく泣く雛菊を鬼塚に押し付けて「泣き止むまで帰ってくるな」と事務所の外にほっぽりだす始末だった。

そのたびに鬼塚は夜の住宅街をさまよった。ほとんど悲鳴に近い声で泣く幼子を胸に抱きながらというのは必要以上に周りの目が気になってしまう。

「なぁヒナ。いい加減泣き止んでくれよぉ」

人々が寝静まるには早いとはいえ夜は夜。いつ近隣住民に怒鳴られるか、若干二十歳の若造である鬼塚は不安でならなかった。

子どもの泣き声で近隣住民に迷惑を掛けてしまうのなら家に帰ればいいのだが、事務所に住み込みで身を置かせてもらっている〝部屋住み〟の鬼塚には帰る家がない。

「ヒナよぉ。なーんでみんなお前のことほったらかすんだろうなぁ。姐さんが化けて出るぞ」

マシュマロのような頬を人差し指でプニプニと突きながら、どうにか泣き止んでくれないかと頭を悩ませる鬼塚。目の前には左右に分かれた丁字路とカーブミラーの脇に設置された自動販売機があるが、これを見るのはかれこれ三度目だ。同じ場所をぐるぐると回り続けるのは体力的にも精神的にもキツイものがある。

「飲みもんでも買うか」

そう呟いた矢先に、嫌なものが視界に入った。ぼちぼち冷えこみ始める九月下旬の夜にブラトップとショートパンツ、おまけに裸足という薄着の若い女が自動販売機の脇に座り込んでいたのだ。俯いているため表情は窺えないが、端的に言えば関わり合いになりたくないと思える曰く付きの物件だ。

可能なら来た道を引き返したかったが、いまだ泣き続ける雛菊の声が届かないはずもなく、女は気怠げに頭を上げる。その顔を見た鬼塚は関わりたくないと思った先の予想は大正解だったことに溜め息を漏らした。

女は左の頬が真っ赤に染まり、唇の端からひと筋の血を垂らしていた。そして警戒心の強い野良猫のような瞳を鬼塚に向け、開口一番「オッサン。なんか用?」と言い放った。

「こんな所で何してるんだ。寒いだろ」

「別に。オッサンには関係ない」

「お前、年いくつだ」

「だからオッサンには関係ないでしょ」

「オッサンオッサンって言うけどな。俺はまだ二十歳だぞ」

「は? え、嘘でしょ……。てっきり三十歳くらいかと。だってその子ども……アンタ何歳で父親になってんのよ」

次回更新は10月3日(土)、11時の予定です。

 

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