*
電話を切ったあと、渉は布団に倒れ込んだ。
天井を見ながら、ぼんやりと、ある言葉が頭に浮かんだ。
(薬って、どのくらい飲んだら、効くんだろう)
その瞬間、渉は自分でもびっくりした。母が考えていたことが分かったからだ。
渉は跳ねるように起き上がって、洗面台に走った。冷水で顔を洗った。水滴が、襟の中まで流れ込んだ。鏡を見た。鏡の中の自分の目が、母の最後の夜の目と、同じ色をしていた。
ぞっとした。
(ダメだ。ダメだ、ダメだ)
渉はその夜、台所の戸棚にあった市販の風邪薬の箱を、ぜんぶゴミ袋に入れた。ハサミも、カッターも、引き出しの奥にしまった。
(届かないところに、置く。届かないところに)
震える手で、ゴミ袋の口を縛った。袋ごと、外のゴミ置き場まで持っていった。夜の街は静かだった。捨てて戻る道で、空を見上げた。星はなかった。雲ばかりだった。
(俺は、お母さんと同じ目を、絶対にしない)
ぐっと唇を噛んだ。それから、また何時間も、布団に入れずに、台所のテーブルで頭を抱えていた。
次回更新は9月20日(日)、22時の予定です。
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