工場で働き始めて半年以上が経った、ある朝のことだった。
渉がスマートフォンを開くと、見知らぬアカウントからの通知が大量に届いていた。嫌な予感がした。クリックして、血の気が引いた。
あるSNSのアカウントに、渉の顔写真が投稿されていた。工場の最寄り駅付近で撮られたらしく、渉が作業着姿で歩いている後ろ姿も載っていた。尾行されていた、ということだった。
投稿にはこう書いてあった。
『【拡散希望・被害報告】女性用風俗店Lunaの元セラピスト、中村渉という男性にご注意ください。施術中に同意なく個人情報を記録され、その後プライベートでの接触を繰り返し求められました。断ったところ、嫌がらせが始まりました。現在、都内の工場に勤務しているようです。同様の被害に遭われた方はご連絡を』
渉は画面を閉じた。手が震えていた。
全部嘘だった。渉がされてきたことを、まるごとひっくり返して自分の被害として書いていた。
投稿にはすでに数十件のコメントがついていた。「怖い、気をつけます」「こういう男性いるんですね」「拡散します」。善意の人間たちが、嘘を本当のことだと信じて広めていた。
渉はベルトコンベアの前で気持ち悪さに襲われた。トイレに駆け込んで、便器に屈み込んだ。胃液が上がってきた。何も食べていなかったから、酸っぱい黄色いものだけが出た。涙が出てきた。怒りなのか、絶望なのか、自分でもわからなかった。
床に手をついたまま、しばらく動けなかった。
(俺は、何もしてないのに)
誰かの寂しさを埋めようとして、丁寧に仕事をしてきただけだ。それが、こんな形で返ってくるなんて、思いもしなかった。
それからは、勤務中も誰かに見られている気がして、SNSで拡散されている嘘がここでも噂になっているんじゃないかという気がしてきて、全く集中できなくなっていた。
その予感は的中した。ある夜、工場の担当者から電話がかかってきた。
「中村さん、ちょっと確認したいことがあって。SNSに中村さんのことが書かれているというのを、他のスタッフから聞いて」
渉は全部話した。隠してもどうにもならなかった。
担当者はしばらく沈黙してから「少し待ってください」と言った。翌日、また電話があった。
「申し訳ないんですが、他のスタッフへの影響もあって。今月いっぱいで、という形にしてもらえませんか」
渉はうなずいた。電話の向こうの相手に見えるわけでもないのに、ベッドの上で深く頭を下げていた。
「……わかりました」