【前回の記事を読む】客に駅で待ち伏せされた挙句、「私を弄んだの?」とストーカー化。ついに自宅もバレて、玄関ドアに「うそつき」と赤いペンキで…

2.

警察に相談したのは、ペンキ事件の翌日だった。

近くの交番に行き、事情を話した。担当の警察官は話を聞きながら、メモを取った。

「LINEのメッセージは保存してありますか」「封筒は捨てずに持っていますか」「相手の名前と連絡先はわかりますか」

渉は全部「はい」と答えた。証拠は全部、震える手で保管していた。

「ストーカー規制法に基づく警告を出すことはできます。ただ、今の段階では直接の危害があったわけではないので、まずは書面での警告になります」

ドアに書かれたペンキも、髪の毛も、警告書1枚にしかならないのか。

警告は出された。浩子はその後、しばらくおとなしくなった。LINEも来なくなった。

しかし季節が変わるころ、また始まった。

今度は別の名前で作ったSNSアカウントから、渉の昔の投稿に「いいね」がついた。渉はSNSをほとんど使っていなかったが、以前に一度だけ友人に誘われて登録したアカウントがあった。そこを探し当てられていた。

店にも影響が出た。

「最近、外に女性が立っていることがある」とオーナーから連絡が来た。

「紺のコートを着た40代くらいの女性。心当たりはあるか」

 

ある夜、出勤しようとして店のビルに近づいたとき、本当に立っていた。

浩子だった。前髪が雨で濡れて、額に貼りついていた。何時間立っていたのか、コートの裾から水が滴っていた。

渉は立ち止まった。距離は10メートルほど。

浩子は渉を見ると、ゆっくりと両手を広げてにじり寄ってきた。微笑んでいた。

「ワタルさん。私、ここにいるから。いつでも、ここにいるから」

雨の音だけが、2人の間にあった。

渉は何も言えずに、その場を離れた。早足で、もう一度、別の入口から店に入った。控室で、ロッカーを開けたまま動けなかった。

オーナーが見かねて、声をかけてきた。

「渉くん、うちの店に迷惑がかかるようなら、考えてもらわないといけない」

その言葉が、渉には刺さった。仕事まで失うかもしれない、と初めて思った。やっと作ったお金の流れだった。やっと払えるようになった家賃だった。