【前回の記事を読む】学校から帰ると、ドアが開かない。家の中にいる継母に「お願い開けて」と叫んでも、開けてくれず…20時、やっと家に入れた。継母は笑顔で言い訳を…

1.

食事中に絵里子が言うことは、いつも決まっていた。

「死んだお母さんに似て、暗い目をしてる」

「お母さんは、自分から逃げたんだから、捨てられた子と一緒よね」

母を侮辱されることが、自分を殴られるよりつらいと初めて知った。「お母さんを悪く言うな」と喉まで上がってきた。でも、言えば食事を抜かれる。寝る場所もなくなるかもしれない。11歳の体は、その計算を、もう自然にしていた。

夜、布団の中で母のことを考えた。お母さんがいたら、と思った。でも母はもういない。

渉はその頃から、泣くことすらできなくなっていった。涙を流したところで、誰も優しくしてくれる人はいないのだと、子供ながらにわかってしまったから。

父が死んだのは、渉が高校1年生の冬だった。16歳だった。

くも膜下出血だった。朝、会社に行く支度をしていた父が突然倒れ、そのまま意識が戻らなかった。担任の先生に呼ばれて廊下に出たとき、絵里子から電話がかかってきた。

「お父さんが倒れた。病院に来て」

声に涙はなかった。事務的な口調だった。

病院に着いたとき、父はすでにICUにいた。ガラス越しに見えた父の顔は、知らない人みたいに白かった。それから3日後、父は逝った。

葬儀の場で、悠斗は「パパ、パパ」と泣き続けた。絵里子も泣いていた。

渉は泣けなかった。母を裏切ったことを謝らせる機会も、永遠に失われた。涙が出ないかわりに、胸の奥に、冷たい鉛のような塊が落ちて、そのまま動かなくなった。