【前回の記事を読む】父の葬儀の帰り道、継母が「もう我慢する必要ないわ」と吐き捨て…生活が一変。「これ食べていいわよ」と、弟の食べ残した唐揚げを出され…
1.
冬の夜、渉が熱を出した。39度近かった。歯がガチガチと鳴った。
「絵里子さん、薬……」
絵里子は振り返らずに言った。
「私は、あんたの母親じゃないから」
それきりだった。渉は納戸に戻り、布団にくるまった。誰も来なかった。
朝になると熱は引いていた。だが昨夜冷え切った何かは心に沈んだまま、二度と戻らなかった。
ある夜、渉が台所でこっそり冷蔵庫を開けると、絵里子が来た。
「夜中に食べるなんて行儀が悪い! それは悠斗の明日のお弁当用なのよ!」
「あなたって本当に意地汚いわね。育ちが知れるわ」
そして絵里子は、ふっと笑って、こう言った。
「ねえ、あんた、いつまでこの家にいるの? 寝る家があるだけでありがたいと思いなさい」
渉は何も言えなかった。自分の部屋に戻った。3畳の納戸の冷たい床に座って、膝を抱えた。お腹が鳴った。
そのあと、台所の生ゴミの袋を、こっそり開けたことがある。悠斗が残したコロッケの衣だけが、油でしっとり光って入っていた。渉はそれを口に入れた。冷たかった。生ゴミと脂の匂いが鼻に抜けた。咀嚼している自分が、人間でないみたいに思えた。