納戸に戻って、冷たい床に横になった。窓がないから、天井も、自分の手も、何も見えなかった。真っ暗だった。
(このまま朝、目が覚めなかったら、いいのに)
ふいに、そう思った。痛くなければ、それでいい。眠るように、ふっと消えてしまえたら。誰も困らない。絵里子は「やっといなくなった」と笑うだろう。自分が消えても、この世界は、たぶん何ひとつ変わらない。そう思うと、消えることが、ひどく簡単なことに思えた。
(でも——)
渉は、暗闇の中で、ぎゅっと目を閉じた。母の最後の顔が浮かんだ。紫色の唇。空になった薬の袋。
(俺がここで死んだら、お母さんと、同じになる)
それだけは、嫌だった。母を死なせた父や絵里子と、同じ側に立つ気がした。母のために、生きていなければならない。理屈ではなかった。それだけが、その夜、渉を暗闇の底に沈みきらせなかった。
でも、すぐに現実が壁のように立ちはだかった。
母方の祖父母は、2年前から2人そろって施設に入っていた。父方の祖父母も、母の姉妹も、頼れなかった。つまり、渉には行く場所がなかった。
16歳では1人でアパートを借りることもできない。
(あと2年だ)
渉は暗い納戸の天井を見つめながら、そう言い聞かせた。18歳になれば、自分で部屋を借りられる。それまでの辛抱だ。屋根があるだけましだ。そう思わないと、やっていられなかった。
あと2年。あと2年だけ、ここにいればいい。
それだけを心の支えにして、渉はその夜、冷たい床の上で目を閉じた。
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