「悠斗の部屋を広くしたいから、あなたは納戸に移って」
納戸というのは、廊下の突き当たりにある、窓のない物置部屋だった。広さは3畳ほど。エアコンはない。夏は蒸し風呂のように暑く、冬は芯まで冷えた。吐く息が白くなる夜もあった。
納戸に移って1週間後、渉は気づいた。母の形見の段ボールが、なくなっていた。
カーディガンと、木彫りの小箱と、写真アルバム。あの家から、たった1箱だけ持ってきた、母の9年ぶんの生活。
渉は家じゅうを探した。最後に、ベランダのゴミ袋の中から見つけた。雨に濡れて、ふやけていた。カーディガンは生ゴミの汁を吸って茶色く染み、写真アルバムのページは、全部、貼りついて剥がれなくなっていた。
「邪魔だったから捨てたの」
絵里子は、爪を磨きながら言った。
「死んだ人間のものなんて、家にあると、縁起が悪いでしょう」
渉はベランダにしゃがんで、母のカーディガンを抱きしめた。雨と生ゴミの匂いがした。母のお日様の匂いは、もうどこにもなかった。声を出さずに泣いた。母を、もう一度、殺された気がした。
次回更新は9月9日(水)、22時の予定です。
【イチオシ記事】見つめながら、触れたいという不思議な感情が芽生えた。あの人の体に、頬に、髪に、唇に。緊張感のない弛緩しきった肉体は、無警戒な心そのものだった。
【注目記事】「個人でお金を払うので、また会えませんか?」…返事を待つ。深夜になって、短く悲しいLINEが届いた。
ゴールドライフオンライン(GLO)は、表現者を応援するウェブメディアです。
生身の人間が紡ぐリアルな言葉だからこそ、読者の心を揺さぶる力があると確信しています。
あなたも、"表現者"になってみませんか?
ゴールドライフオンライン(GLO)編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp