【前回の記事を読む】幸せそうだった友人の結婚式…ところが、お色直しを終えた花嫁はドレスが破れ、髪は乱れて顔も煤だらけ…「パパが…ママも…」と嗚咽して…
サイコ9――アトラスの失踪
麻利衣は目に涙を浮かべて震えていた。
「おまえが身を投げた時、おまえの真の能力が目覚めて恐ろしい力を発揮した。
おまえは自分の存在と自分の運命を呪った。生まれてこなければよかったと嘆き、最初から自分など存在しなければよいと願った。
そしておまえの能力はそれを本当に実現させてしまったのだ。
おまえが海面に落ちる瞬間、おまえは元の世界から抜け出し、新たな世界を生み出した。
古葉月渚が存在しない世界だ。
月渚の悲劇的な運命は私が肩代わりし、おまえはその間抜けな助手を演じた。
おまえは意識していなかっただろうが、私あるいは神撰の者が見せた能力は全ておまえ自身の力によるものなのだ。
つまり、今までのことは全ておまえが創り上げた茶番だったと言える。
おまえは恥じていたようだが、両親の愛情に恵まれて育った那花麻利衣の人生は、古葉月渚の孤独な悲劇に比べれば、おまえにとってむしろ願ってもない幸せだったのだろう。
だがな、どんなに惨めであろうとも、全ての人間の人生はこの宇宙を支えているアトラスの一柱なのだ。量子論宇宙を維持するためには無限の確率が必要だ。
たとえ一人の人生が無限大分の一で0に近似されるほど矮小なものであったとしても、それが無くなってしまえば、宇宙は無限の可能性という骨格を失い、崩壊する。つまり全ての人生がこの宇宙を支えている偉大な英雄なのだ。
それなのにおまえはその大事な責務を放棄し逃げ出した。
しかし、そうやって無理に生み出された世界は不安定だった。だから神撰や青竜など常軌を逸した存在が生まれたのだ。
だが、もうこの宇宙は不条理に耐えきれず、崩壊し始めた。
我々も含め、この中に吸い込まれる人間たちは死ぬのではない。最初からなかったことにされるのだ。
それは死よりも恐ろしいことだ。存在することの意義と価値が永久に棄却されるからだ。
それもこれも全ておまえが生み出したことなのだ」