【前回の記事を読む】「死なないで!」瀕死の彼女に駆け寄った私…すると黒猫が現れ、彼女の頬をぺろぺろ舐めた。その瞬間、大人だったはずの体がみるみる縮み始め…

サイコ9――アトラスの失踪

「な、何を言ってるんですか? 私は那花麻利衣です。古葉月渚なんて名前ではありません」

「自分の真の名前を否定するなど本当に悲しいことだ。だが、おまえの心情も分からぬではない」

「古葉月渚――奇跡の少女は賽子さん、あなたのことじゃないですか」

「おまえはそうやって自分の苦しみを誰かに押し付けてしまいたかったのだ。そして、おまえの身代わりになるために私を創り出した。と言うより、この世界全体をな」

「意味が分かりません」

賽子は上空でのたうち回っている竜を見上げた。

「あの化け物もおまえが創り出したのだ。あれはリヴァイアサン――嫉妬の権化だ。他人や世間に対するおまえの嫉妬や羨望があの化け物となってこの世界を滅ぼそうとしているのだ」

「そんな……どういう根拠があって……」

その時、穴の外から女の泣き声が聞こえてきた。

穴の傍に立っていた鍬下が振り向くと、それはお色直しの紫色のドレスを着た千晶だった。ドレスの裾はぼろぼろに破け、髪も乱れて顔も煤だらけだった。

彼女は鍬下に抱き着いたが、立っていられずその場に突っ伏した。

「千晶!」

「麻利衣……彩斗が……パパもママも……」

彼女は言葉を続けられず嗚咽した。結婚式の式場はこの近くだった。愕然としている麻利衣に賽子が冷たく言い放った。

「全部おまえのせいだ」

麻利衣は震えながら賽子のいつの間にか青くなった瞳を見つめた。その時、凄まじい突風が吹いて、賽子以外の全員が腰をかがめた。

見ると、竜を中心として巨大な竜巻が発生していた。竜巻は瓦礫や車や人々を巻き込んで何もかも吸い上げていった。

穴の上に立っていた千晶と鍬下も耐え切れず、風に吹き飛ばされ、竜巻の中に舞い上げられていった。

「千晶! 鍬下さん!」

麻利衣の叫び声も掻き消されるほどの暴風は遂に穴の中でも荒れ狂った。激しい風に長い髪を靡かせながら賽子が叫んだ。

「遂に宇宙の終焉が来た!」

直後に賽子は人形のように飛ばされて、竜巻の中に吸い込まれていった。ドクトルもそれに続いた。

「賽子さん!」

声にならない叫び声を上げて麻利衣も竜巻の中に吸い込まれていった。