【前回の記事を読む】夜中1時、息子から「ミユが落ちた」と電話があった。事故ではないはずなのに、父の体は亡き妻が倒れた夜と同じように強張っていた

息子にAIを彼女として紹介されたらどうしよ

第4章 落ちる夜

その合間に、「サーバーさんも休ませてあげて」とか、「これは集団失恋イベント」といった、半ば冗談のような投稿も混じっていた。

半分笑い話にしている人たちと、本気で不安を募らせている人たちが、同じ速さでスクロールされていく。

「公式からメールも来てる」

アラタは、メールアプリを開いた。そこにも、同じような文章が並んでいる。

『本日◯時頃より、一部のお客様において会話履歴が参照できない事象が発生しております。現時点では、会話データの保全は確認されておりますが、ご利用の環境によっては、一時的に履歴が表示されない可能性がございます。』

私は、その「現時点では」という言葉につまずいた。

妻の手術の日、医者も同じような言い方をした。

「現時点では、成功と言ってよいでしょう」

その後に続く「ただし」という言葉を、私たちはできるだけ聞かないようにしていた。

「データの保全って、どこまで本当なんだろうな」

アラタがぽつりと呟く。

「こういうの、“失われても問題ない”って扱いなんじゃないかって、ちょっと思っちゃうんだよ」

「問題あるだろう」

私の口が、思わず割り込んだ。

「お前にとっては」

アラタは、小さく笑った。

笑ったと認識するには、あまりにも弱い表情だったが、それでも口元がわずかに動いた。

「いや、ほら。向こうからしたらさ、何億通のメッセージの、ほんの一部でしかないわけで。“サービス品質向上のために利用します”っていう、あの注意書きの中の一つ、みたいな」

私は、湯飲みをアラタの前に置いた。

彼は、両手でそれを包み込む。

「お母さんのカルテも、似たようなものかもな」

自分でも意外な言葉が、口をついて出た。

「病院からすれば、あれも何万件のうちの一件で。けど、こっちからすると、あれが全部だ」

アラタは、湯気の向こうで眉を寄せた。

「カルテは、残ってるんだよね」

「多分な。紙と電子と、両方どこかに」

「でも、お母さんは、いない」

「そうだ」

言葉にすると、あまりにも単純だ。単純すぎて、かえって何も慰めにならない。

壁の時計が、カチ、カチ、と音を刻む。夜中の二時にしては、やけに大きく聞こえる。

「……バカみたいだよな」

アラタが、湯飲みを見つめたまま言った。

「AIが落ちたぐらいで、こんな時間に親んとこ来てさ」

「バカだな」

私は、即答した。

アラタが、少しだけ肩をすくめる。