第4章 落ちる夜
電話が鳴ったのは、夜中の一時を少し回った頃だった。
こんな時間の着信には、いまだに嫌な想像が先に立つ。
病院からか、遠い親戚からか。
布団の中で手探りにスマートフォンをつかみ、画面に表示された名前を見て、胸の中の最悪のシナリオを一度飲み込んだ。
アラタだった。
通話ボタンを押す。
「……どうした」
こちらの声より先に、アラタの荒い息づかいが聞こえた。
「お父さん、起きてた? ごめん、今いい?」
「いいけど。何かあったのか」
一拍おいて、彼は言った。
「ミユが、落ちた」
落ちた。
階段からか、駅のホームからか、とっさに別の映像が浮かぶ。
「……事故か」
「違う、サーバー。サービス全体で障害出てるって」
受話器の向こうで、かすかに電子音が鳴っている。
ノートパソコンのファンの唸りと、スマートフォンの通知音。
そのどれもが、かつて病室で聞いた心電図モニターの電子音に、妙に似ていた。
「……今からそっち行ってもいい?」
アラタの声は、いつになく早口だった。
「こんな時間にか」
「うん。家で一人で待ってるの、きつくて」
言い淀み方で、だいたいの様子は察せられた。
「ああ、わかった。気をつけて来い」
通話を切ってから、私はしばらく天井を見つめていた。
真っ暗な天井板の木目は、夜中に見ると、ひび割れなのか、模様なのか判然としない。
妻が倒れた夜も、たしかこんなふうに、眠りかけのところを電話で起こされた。
「容体は安定しています」と繰り返す看護師の声と、「すぐに来られますか」という最後の一言のあいだにある温度差を、どう受け止めるべきか分からなかった。
今度の「落ちた」は、意味が違う。
それは理解しているつもりなのに、体のほうは同じ緊張の仕方を覚えている。
*
玄関のチャイムが鳴ったのは、電話から二十分後だった。
パジャマの上から適当なスウェットを羽織り、玄関の鍵を開ける。
アラタの顔が、まだ外の冷気をまとって立っていた。
黒いフレームの下の目のふちが、少し赤い。