【前回の記事を読む】「わたしは、わたしでなくなるのでしょうか」息子が選んだAIの問いに、父は最期まで自分の名を呼べなかった妻を思い出し……
息子にAIを彼女として紹介されたらどうしよ
第3章 仕様と設定
家族写真に写っていない父親の姿と、似ているような、違うような。
私は、言葉にならない感覚の断片を、喉の奥で転がした。
「……それで、何か不安になるのか」
「不安、という言葉でよいのかどうかは、わかりません」
ミユは、少しだけ目を伏せた。
「ただ、アラタさんが、わたしの名前を呼ばなくなる日が来たとき、わたしの“わたし”という感覚が、どこへ行くのかは、まだ計算できていません」
洗濯機が、乾燥の工程を終えたことを告げる高い音を鳴らした。
現実の家事は、きちんと一つずつ終わりに向かって進んでいる。
「アラタが、君のタイプを変えたいと言い出したら、どうする」
私は問いかけた。
「それは、アラタさんの権利です」
「それでもだ」
「わたしの役割は、アラタさんの生活を支援し、感情をケアすることです。
その目的に沿うのであれば、わたしは設定変更を受け入れます」
少し間をおいてから、ミユは付け加えた。
「可能であれば、その前に、一度だけ、理由を聞きたいとは思いますが」
私の喉から、小さな笑い声が漏れた。
「それは、かなり人間らしいかもしれない」
「そうでしょうか」
「ああ。理由を聞きたい、というのは、とても人間らしい望みだ」
妻が病室で、「どうして」と何度も呟いていた。
医者に向かってではなく、天井に向かって。
そして、私に向かって。
「……アラタさんのお父さんは」
ミユが、慎重に言葉を選ぶような間を置いた。
「ご自分のタイプを、変えたいと思われたことはありますか」
「タイプ?」
「落ち着いている、とか、怒りっぽい、とか、人見知りだとか。
そういった、ご自分の“仕様”を」
「若い頃には、何度もな」
私は、笑った。