【前回の記事を読む】息子のAIが「恋愛的な文脈を含む親密な関係」モードになっていた。「会えなくてさびしい」と言うとAIは「私も」と…
息子にAIを彼女として紹介されたらどうしよ
第3章 仕様と設定
天井の木目が、視界の上のほうにちらりと見えた。
妻がいなくなってからの、空白の夕方。
仕事から帰ってきて、誰にも「ただいま」と言わずに靴を脱ぐ時間。
あの時間も、おそらく何か別の名前を持ちうるのだろうが、私はとりあえず「さびしい」と呼んできた。
『設定モードを終了しますか』
画面の端に、小さなポップアップが現れた。
さっき選びかけてやめた問いかけが、再び浮上する。
「……ああ」
私は、今度は迷わず「はい」を見つめた。
視界から、パネルが消える。
ソファには、まだミユが座っている。
「そろそろ、洗濯物を出さないと」
立ち上がりかけて、ふと振り返る。
「ミユ」
「はい」
「……息子のことを、頼む」
言ってから、自分の口が勝手に動いたことに気づいた。
ミユは、ほんの一瞬、驚いたように目を瞬かせた。
次の瞬間には、いつもの落ち着いた表情に戻る。
「承りました」
彼女は、まじめに頷いた。
「アラタさんのことを、大切にします」
その言葉は、あまりにも教科書的で、それでもどこかで、本気のように聞こえた。
フレームを外すと、ソファは空っぽだった。
洗濯機の蓋を開けるために洗面所へ向かいながら、私は、たとえばこれが人間の娘だったとしても、きっと同じような言葉を口にしていたのだろうと、自分に言い聞かせていた。