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第1章 違和感

父の死

母は渡されたメモを見ながら何か言いたげな様子だったが、妻は出掛ける準備をしようと母を促し話題を切り上げた。この後、三人で外にごはんを食べに行った。

お父さんがいれば……、と何度もつぶやきながら食事する母を見て、父の死でぽっかり空いた穴はなかなか埋まらないだろうと思った。

私たちは母の家を後にする前、一ヶ月分の生活費には十分すぎる額を渡した。

それは、母がお金のことを気にせず自分から少しずつ外に出歩く機会を増やしてほしいと思ったからだ。ショッピングでも習い事でも旅行でも、少しずつ母一人の生活に慣れてほしかった。

母は一人暮らしを自ら選択していた。父が緩和ケアセンターに入居する直前、私たちは父から、自分が死んだら母をすぐに介護施設に入れるようお願いされていた。

理由は、最近ボケがすごいとのことだった。私たちは「ボケがすごい」と聞かされてもピンとこなかったが、一応身近な介護施設を調べ、候補を父に伝えていた。

そして父が緩和ケアセンターに入居したタイミングで、母に父が亡くなったら介護施設に入るかを母に尋ねてみた。

すると答えは、

「介護施設には絶対入らない。そして、あなたたちと一緒に暮らすのも嫌。若い人たちの生活が年寄りに振り回されるなんてあってはならないことだもの。私は一人で生活できる」

とのことだった。

母は自動車免許を持っているが、自転車と電車が移動の基本であった。

幸い家の近くに商店街があったため、車がなくても生活に何ら支障はない。

むしろ、昨今増えている高齢者ドライバーの追突事故のリスクがないことは、母の一人暮らしを後押しするものだった。

私たちが帰る時は、母が家の前の道路まで出て私たちの車が見えなくなるまで手を振り続けていた。そして妻も助手席の窓から顔を出して手を振り続ける。

妻を横目に、母をバックミラーに見ながら、私はアクセルを踏むのが辛かった。