【前回の記事を読む】夜7時、幼い兄妹を家まで送ると2階の角部屋だけ明かりがついていなかった。彼らの母親はまだ帰っていないようで……
ホームランとフォーマルハウト
三
「そのお菓子、お母さんに叱られない?」
「どうして?」
「誰にもらったのか聞かれるわよ」
そんなことは想定していなかったらしい。アツシくんはうーんと考え込み、ユカちゃんは袋をキュッと抱きしめた。
「困ったらここに電話して。説明してあげるから」
スケジュール帳の一枚を破ってスマホの番号を書くと、彼の手に握らせた。あれほど喜んだお菓子で、この子たちが叱られるのは忍びない。上手く話す自信はなくても、そうすることが大人の気配りというものだろう。
二人が玄関に入るのを見届けて、わたしも帰途に就いた。街灯が少なく空き地の多い中、直線に整備された舗装路を足早に歩く。そこそこ人の往来はあるので、さほど夜道の不安は感じない。
二度目ともなると、街の様子もいくらかわかってくる。JRの駅から離れたこのあたりには農地が多く、耕作放棄地もそこかしこに見られる。それはつまり、空が広いということだ。駅に近い方から開発の波が伝搬して、いずれここにも高層のマンションなんかが多数建ち、水口さんが案じているような、空の狭い街になっていくのだろう。
西の空に特徴的な星を見つけた。形の良いことで知られること座の、ベガを含む一等星でできる夏の大三角形だ。学校で習ったからこれくらいは知っている。アツシくんがいたら、他の星の名前や星座の由来なんかをスラスラと教えてくれたに違いない。
夏だけでなく、確か冬にも三角があったはずだ。これも習ったと思う。でも、記憶の糸を手繰ってみても星の名前は出てこない。帰ったらネットで調べてみよう。
南の空に目を移した。ぽつねんと光る一等星、フォーマルハウトはまだ見えている。
「見れば見るほどつまんない星」
口にはできなかったけれど、これが正直な感想だ。星のプロフィールを聞いたあとでも、この評価は変わらない。
みなみのうお座にある一等星、とアツシくんは言っていた。星占いにそんな星座はなく、一度も耳にしたことがないから、どんな形なのかも知らない。
ポツンと光るその星を見ながら夜道を歩く。他の星とかかわりを持たず、とりわけ明るくもなく、色も平凡な白。そんな寂しい星を、水口さんは好きだと言った。自分に似ているからとも。