【前回の記事を読む】「そのお菓子、お母さんに叱られない?」幼い兄妹に電話番号を書いたメモを渡したが、帰り道、突然「あ、同じことしてる」と気づいて……

ホームランとフォーマルハウト

できもしないことを考えるだけでも心は軽くなる。幾分浮かれた足取りで駅を目指した。

フォーマルハウトは、左目線やや上あたりをずっとついてくる。幼い頃、月を追いかけて迷子になった小事件を思い出して少し笑った。

秋が終わる頃あの星は見えなくなって、代わりに冬の星座が寒空を彩るようになるだろう。その頃にはわたしにも変化がありますように。

北西風が強くなった。上空はすでに冬の支度に入ったようだ。コートを持ってこなかったことを悔やみつつ歩いた。駅前のアーケードはもうすぐそこだ。

例年よりも暖かかった冬が過ぎ、地球規模で曖昧になってきた季節の変わり目をやり過ごすと、学生という身分に別れを告げる春がやって来た。季節を違えた桜はすでに散っていて、春風に乗り遅れた幾ばくかの花びらが、道のそこかしこに短かった春の名残を留めている。

ほんの数か月前に二度歩いた界隈。その道を、今わたしは歩いている。

遠くの丘陵まで遮るもののない広い空、対面通行の真っ直ぐな道路、点在する耕作放棄地の向こうにある女優の看板は、別の人物に入れ替わっていた。

今日の服装は、ライトグレーの地味なパンツスーツ。大手呉服店のスプリングセールと銘打ったバーゲンで手に入れた既製服だ。肩に掛けるのはファッション性無視の大きなショルダーバッグ。これから覚えるべき知識の資料が、「紙」という媒体でぎっしり詰まっている。学生じゃなくなっても勉強。悔しいけど、父の言ったことは正しかったみたい。

服を買う必要に迫られたのは年が明けてすぐだった。新作スーツのあらかたは年末までに払底していて、一部売れ残っていた型落ち品に救われた格好だ。旧作でもデザインに大きな違いはないし、何より、派手さのないところが自分に合っていると思った。