新たな肩書は、某大手飲料メーカーの企画開発部所属というものになった。あの冷ややかな面接官、百パー諦めていた件の会社に、わたしは採用されたのである。
合格の通知が遅れた理由は知らないし、採用理由もわからない。思い当たる節があるとすれば、多少の中国語を解するところだろうか。先週の入社式で、CEOと紹介された男性の訓示で中国大陸進出の戦略方針が示されたからだ。
辞書と首っ引きだったら日本語訳も不可能じゃない程度には習得しているが、それが採用理由なら、とんだ人選ミスということになる。そうでないことを祈りつつ、仮にそうなら死に物狂いで頑張らなきゃいけない、といった決意めいたものを胸に秘めての初日だった。
同期入社は二十名ほどいた。全員、数日後には製造現場に配属されて、二、三ヶ月の間はメーカーとしての精神を叩き込まれるらしい。そののち各部署に散って本来の業務を担当する。いずれ大陸に渡ることになるのかどうか、確かなことは何もわからない。
今の時刻は午後七時。あたりはようやく夜と言っていい暗さになった。日が落ちてからは気温も急に下がって、やや肌寒く感じる。
一度立ち止まって、星座の見つけ方を思い出してみる。北斗七星の柄の部分から、南に向けて弧を描くように指をすべらせる。途中の明るい星を経由して、やがてスピカという名の星に行き着く。おとめ座の一等星だ。いつ刻んだ記憶か定かではないが、自分の星座の見つけ方を忘れずにいたことが、素直に嬉しかった。
アツシくんと出会った広場にブルドーザーが置かれている。広場はトラ縞のロープで囲われているから、マンション建設が本格的に始まるらしい。フォーマルハウトは、昨年の秋に見たのが結局見納めとなったようだ。建物の竣工がいつかは知らないが、ここから秋の一つだけの一等星を見ることはもうないと思うと、わけもなく気分が沈む。
隣家との境界に、人一人が歩けそうな空間が確保されている。いつかのおばさんも、この通路を通ってご近所さんに回覧板を運ぶのだろう。わたしもこの道を使わせてもらう。相も変わらず裏口からの出入りなんて可笑しい、と笑みが漏れた。
裏木戸はわずかに開いていた。塀の向こうからは、複数の楽しそうな声が聞こえてくる。
「きっと来てね」
先週アツシくんから電話が来た。秋のあの日以来初めてだから、母親には叱られずに済んだようだ。
次回更新は9月4日(金)、11時の予定です。
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