妻は、父が他界し母の一人暮らしが始まってからは毎晩、母の安否確認と生活状況を確認するために電話をしている。

役所の手続きをお願いした翌日の夜もいつも通りに電話をする。母が電話に出るまでの間は毎回、母はちゃんと電話に出てくれるだろうか、という緊張感が私たちの間に流れる。

私も他のことをしているようにしつつも耳をそばだてる。電話に出た瞬間にホッと胸を撫でおろすまでが日課だ。

いつも通り妻が今日一日がどうだったかを母に尋ねるが、いつもと変わらない返事が来る。

「今日は出かけてみた!」と話してくれれば、妻はどれだけ嬉しい気持ちになっただろうか。

しかし、今日の電話ではいつもとは違う話題を妻が振る。

昨日母に直接お願いした役所の手続きについてだ。

「明日は平日で役所が開くから、昨日お願いした書類の入手お願いね?」

妻がよろしくと伝えると、母の口調は急に強まった。少し離れて耳をそばだてている私にもはっきりと漏れ聞こえてくる。

「そんなことできないわよ! やり方わからないもの!」

妻の緊張感が部屋中に広がるのがわかる。

「大丈夫だよ。昨日言った通り、入り口に優しく教えてくれる係の人がいるから、昨日書いた必要書類のリストを見せればいいって」

妻は母の感情を逆なでしないよう努め、落ち着いた口調で返すが、母は収まらず、「あんたたちと一緒にしないで! 私には難しいのよ!」

「でも……私たち平日は仕事で役所に行くのが難しいからさ……」

妻も食い下がる。母に家に閉じ籠もってほしくない思いからだ。

そして母は、「やればいいんでしょ!!」と言い放って、携帯電話の通話を強制終了した。

通話終了を告げる音が静かな部屋にやけに響いた。

「お母さんって、こんなに怒りっぽかったっけ……」