【前回の記事を読む】出された料理を食べ始めると…カメムシ? お椀の傍に避けて、口にできずにいたが…約45年前、タイで下宿中の出来事。
【第一章】食を巡る冒険
パクチー事始め
現在、私の住んでいる千葉県外房地域の九十九里浜付近には、タイ料理屋が少なからず点在しています。
そのタイ料理屋の多くでは、その昔、料理家の江上トミさんが世界三大スープの一つに数えられると絶賛した甘酸っぱいスープ料理「トムヤム・グン」よりも「ガパオ・ライス」という挽肉のバジル炒め料理のほうに人気があるようです。
パクチーとの初めての出会いから四十年、タイ料理が事ほど左様に日本人の間で好まれるようになるのを誰が予測できたでしょうか。私の住んでいる地域のみではなく、日本全国のスーパーにて、生のパクチーが売られ、また、パクチーの種さえ簡単に手に入るようになりました。
タイ国の首都バンコク。その目抜き通りとも呼べるシーロム路は、王宮方面から中華街のヤワラートを抜け、その昔、バンコクのなかでも最も殷賑(いんしん)をきわめていたニューロードと呼ばれる路にT文字の縦線のように突き当たっています。
そのT字路のすぐ近くに、太平洋戦争中、旧日本軍の司令部が置かれていた「トラッカデロ」というフランス風の名前の石造りの重厚なホテルがあり、そのホテル内に美味しいタイ料理を出してくれるレストランがありました。
なお、シーロム路と並走しているサートン・タイ路にもコロニアル兼中国式の瀟洒な木造建築物があり、その建物も、太平洋戦中、旧日本軍が接収していた建物でした。
戦後、その建物は、華僑会館としてしばらくの間使用されていましたが、現在は、バンコク市内のタイ・レストランのなかで最も格式の高い「ブルー・エレファント」というミシュランの星を獲得したレストランとなっています。
旧日本軍が接収していた場所で、地理的にも大変近い距離にある二つの建物が、その後、営業開始時期に違いこそあれ、タイ料理をサーブするレストランとなったことに、なにか不思議な因縁のようなものを感じざるを得ません。