私のバンコクにおけるタイ語研修は、一九七九年の夏から開始されました。

そのタイ語研修時代、タイに関連することは、これすべて勉強の要ありと捉え、歴史、政治、経済はいうに及ばず、文化、特にタイ料理については、タイ要人が日本側要人をもてなすディナーの席では、通訳として熟知しておくべき分野であり、本格的に勉強すべきと考えていました。

バンコクにおけるタイ語研修開始前は、丸ノ内線茗荷谷(みょうがだに)駅から徒歩で七、八分の距離にあった外務研修所にて約四か月間、タイ語の初歩から初級・中級会話ができるようになるまで、私一人に三人の先生がついて代わる代わる徹底的にしごいていただいたことがありました。

なお、外務省研修所は、現在、神奈川県相模原市(さがみはらし)相模大野駅近くに移転し、旧外務省研修所の建物は、拓殖大学の研究棟として使われています。

旧外務研修所の建物は、一九〇〇年の義和団事件の処理で中国(当時は清(しん))の賠償金を基に建設され、東方文化学院野研究所として使われていましたが、一九四六年、外務研修所として使われるようになった由(よし)です。

建物の玄関の両脇には大きな獅子の石像が置かれ、奈良の唐招提寺(とうしょうだいじ)を模したといわれる建物自体も威厳を感じさせるほどの重厚な造りで、外務研修が始まり、初めてその門の下をくぐり抜けたときは、いささかの高揚感を感じたことを覚えています。

外務研修所にてタイ語を教えていただいた先生は、日本人二人とタイ人女性一人の三人で、そのなかのお一人が、東京外国語大学にてタイ語の教鞭(きょうべん)をとっておられた松山修先生でした。

松山先生の授業は、タイ文字やタイ語の文法が主でしたが、授業が進むに連れて、先生のお好きなタイの鉄道および東南アジア諸国の言語に関するお話へと脱線するのが常でした。

私にはタイ語の勉強そのものより、タイの文化面に関する先生の蘊蓄を傾けたお話のほうが遙かに楽しくかつ面白く、タイという国を理解する上での一助になっていました。

松山先生によるタイ語の最初の授業では、手始めとしてタイ文字を教えていただきました。

日本語であれば、いろはの「い」にあたるタイ語の子音の最初の文字ゴー・カイの「ゴー」を教えたいただいた際、子音のゴーに母音のウーを付け、その後にゴオー・グーのグーを付けるとグンと発音する「海老」というタイ語になることを教えていただき、タイ語綴りで私が最初に覚えたタイ語は「グン」(エビ)という単語でした。

その際、松山先生は、エビの入ったタイのスープ「トムヤム・グン」(日本ではトムヤム・クンと呼ばれています)は、料理家江上トミさんが「世界三大スープ」の一つに入るほど美味しいスープであると絶賛しているとの話をして下さいました。

世界三大スープの一つであれば、それだけで美味しいスープに違いないと考え、タイにて語学研修が始まったならば、真っ先に「トムヤム・グン」の美味しいお店でそのスープにトライしてみたいと計画していました。

 

👉『インドシナ・エレジー』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】妻の姉をソファーに連れて行き、そこにそっと横たえた。彼女は泣き続けながらも、それに抵抗することはなかった

【注目記事】アプリで出会った女性と初めて大人の関係に。最初のデートの時とは打って変わって、彼女のノリは悪く…

 

ゴールドライフオンラインは、表現者を応援するウェブメディアです。
生身の人間が紡ぐリアルな言葉だからこそ、読者の心を揺さぶる力があると確信しています。
あなたも、"表現者"になってみませんか?
ゴールドライフオンライン編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp