【前回の記事を読む】「こんな耳の人こそぼくの理想の結婚相手」10歳くらい年下の、見知らぬ男が駅まで追ってきて……
耳
耳をくすぐる 朝子五十二歳 2
年下男に出先で声をかけられ、耳を褒められたところで少しも嬉しくはない。当たり前だ。鏡に映してケアしてお化粧をほどこさない唯一の部位ではないか。
彼はしゃあしゃあという。
「ぼくの勤め先にも美人秘書や綺麗な若手はもちろんいます。あっ、ここに勤めています」
差し出した名刺には『徳田潤三会計事務所 速水浩二』とある。肩書きは公認会計士だった。
「へ、へえ」
少し大切そうに名刺を押し抱いてしまった。
「うちは公務員家庭で、親経由のお見合いの話も多々。でもこれという女性に会えず、昨年末からは親にも内緒でマッチングアプリ……でもねえ、会ってみると全く違う」
「違うって」
「目は大きく鼻は細く高く口元はお上品、ほらいっくらでも加工できる」
「ああ、まあそうね」
そうそう、今時の娘はズルい。ま、私もフェイスブックに上げる時に加工はするが。
「でね、ぼく気づいたんですよ。見分けるなら耳だってね。耳はね、胎児の時にお母さんのお腹の中で形成されたら、大きさこそ成人になるにつれ相応に生育するものの、その形は変わらないんですよ」
「そ、そうなのねえ」
まずいことに彼、速水ペースだ。
「先日、神楽坂にある地下の占いスポットで相談したんです」
「占い、行くんですねえ」
「はい。うちには代々かかりつけの占い師がいますが、今回は自分で見つけようと思って」
朝子は占いにはほぼ興味がなかった。中学の時に同じ誕生日の女子で、スタイルも良くて美人で性格まで最高で、教師や生徒から崇め奉られている子がいた。ああ、星座では人の運命は決まらないと激しい嫉妬とともに悟りを開いたのだ。朝子が唇を噛みしめていると、彼が正面に向き直り覗き込んだ。
「すみません。耳から入ってしまって。でも耳以外もぼくが好きな顔です。その身体もきっと。是非、ぼくと付き合ってください」
なんだかカチンときた。身体、見たこともないくせに。見られてたまるか52歳の私。
いつもはやらないが、アイスコーヒーを喉をのけぞらせて飲み干し、カップを手に音を立てて席を立った。
「あの、今言ったこと検討してくださいね。ぼくももう行かなければ。今日のクライアントは最大手だった」
どうせこちらのクライアントは弱小の上に年配です。お腹の中で毒を吐いて背を向けた。容器を捨てていると彼も並んで捨てながら
「じゃあ、今週の金曜19時、またここで」
もう一度斜め横に立ち、それこそねめるように耳を見つめて足早に去って行った。