今週の金曜というのはなんと3日後だった。
19時5分、朝子は改札のすぐ横、一部分だけガラス張りのオープンなカフェにいる。
約束を5分過ぎたのはせめてもの抵抗だった。
ああ、彼は既に奥の方の席に座り、とても嬉しそうに手を上げる。ドリンクを片手に朝子は座る。悔しいことに今日のために新しいピンクグレーのシャツブラウスを着ている。
「あれっ」
彼が首をかしげる。まるで人違いのように。はっと思う。今日は髪を耳にかけてはいなかった。祈るように無言で見つめる彼。いたしかたなく右耳の方だけかき上げる。
「ああ」
彼が感嘆の声を上げ心なしか目を潤ませる。嘘でしょ。声が出そうになる。ほんとに耳なのか。耳フェチなのか。喜ぶべきか。これって素敵なことなのか。
既に疲れて一気にシトラス系のドリンクをあおる。彼は頬杖をついて耳だけを見つめてくる。それこそ穴の奥まで。そして、両手で口をおおい興奮をしている。ああ、来なければよかった。変態なんだわ。何をやっているんだろう。人助け? 何かのボランティア?
場所を変えようといわれ、カラオケに連れて行かれた。そしてぴったり2時間。どちらも歌わず、たいして会話も盛り上がらず。抱きつかれて耳をなめられた時点で、悲鳴を上げて突き飛ばして帰った。
帰宅して夫が早くに寝室に入っていたのをいいことに、ゆっくりと入浴に時間をかけた。
髪や身体、顔、特に耳を念入りに洗った。途中でなんだか気になり、まだらに曇る浴室の鏡に耳を映してみた。大きくも小さくもない私の耳。特徴があるどころかむしろあっさりとしている。まあ可愛いといえば可愛いか。
お風呂から上がり、ベッド脇のライトだけつける。顔を斜めに捩じって耳を見つめる。明らかに年齢の進んでしまった顔の皮膚に比べて、なるほどそこは少しも老けていないといえる。鏡の隅に映り込む夫が見えた。寝息を立ててはいるが死んだように動かない。
朝子はデパートでたまに購入する、いつも少量ずつ大切に使っている美容液を指にとり、初めて耳に優しくつけて塗り込んでみた。鏡に映すとしっとりと輝きを増した気がする。
「だめだめ。また惚れられてしまう」
笑いながらつぶやき、髪を乾かし直す。そうしてしっかりと髪で耳を隠して、夫の隣のベッドに入った。よく眠れそうな気がした。
次回更新は7月16日(木)、20時の予定です。
【イチオシ記事】ホテルへ向かう車で何度も「まずいなあ、はまっちゃうよ」…選ぶ相手は既婚者ばかりだった。
【注目記事】58歳の誕生日、8時間の出張サービス利用で息子ほど年の離れたセラピストとホテルへ。1時間もしないうちにシャワーを浴び…
ゴールドライフオンラインは、表現者を応援するウェブメディアです。
生身の人間が紡ぐリアルな言葉だからこそ、読者の心を揺さぶる力があると確信しています。
あなたも、"表現者"になってみませんか?
ゴールドライフオンライン編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp