【前回の記事を読む】「捕まえた」夜道で私の右腕を掴んだのは、“万引き主婦”の噂のきっかけになったおまわりさんで……
耳
耳を澄ます 愛理二十九歳 1
夫の健友が意外とモテなかったと聞いた時は信じられなかった。
国立大卒・184センチの高身長・32歳で年収800万、もちろん愛理の父の時代からは薄給だが、子どもがまだできず愛理も派遣で働いているので、生活にさして不安はない。
いや、そんな話ではなかった。妻の贔屓目を差し引いても、相当高値の健友が本気の結婚相手としては今ひとつ人気薄だったというのだ。健友は髪ももちろん薄くはなく表参道の美容院に月1、通っている。なのに。
それを聞いたのは、新入社員の歓迎会のあとに本流の2次会から外れて、派遣女子社員の同い年で29歳の恵と、正社員でもずっと懇意にしている3つ上の亜季の三人になった時。
ビストロ風の店でグラスワインを2、3杯。1次会でもしこたま飲んでいた亜季は笑いながら肩を組んで来た。愛理が派遣で入社して3年になるが、最初からこんな風に体育会系ノリで気さくに接してくれていた。顔立ちがはっきりした美人なので社内でも人気がある。
「ねえ、今だからいっちゃうけど、健友ってさほどモテてなかったんだよ」
夫を呼び捨てにしてくるのは同期ならではだろう。
「えっ、うそうそ。女子の間ではきゃいきゃい言われてましたよ」とは人のいい恵。
この子は私と違ってほぼ人の悪口をいわない。静かな湖面のようにいたって穏やかだ。右側にほんのりえくぼが出る。少しほっとしながらも、亜季に向けて自虐的に嘆いてみた。
「そうなの~。だから私と結婚したのかあ」
すると、亜季はいたずらっぽく微笑んで、
「あのね、最初はモテるわけ。ほら見栄えもいいし人の話をよく聞いてくれるし」
愛理は深く頷く。そうなのだ。父親を早くに亡くし、6歳上の姉との3人家族で育った健友は、優しくてふところが深いと感じた。
「デート中も椅子を引いてくれたり、オーダーする時も色々気遣いができて、女子の長い買い物も文句も言わず待っててくれるし……」
亜季の言葉に、ちょっと待ってと今更思う。そう、時折何か引っかかっていたんだ。2か月前に無事に式を終えて忘れていた。時々、湧き上がってきた疑念。健友と亜季は付き合っていたのではないか。
いや、落ち着こうと愛理は新しいワインをがぶりと飲む。