お母さん不在でパニック状態

彼の療育を開始した。彼は言葉も出ていたし、トイレトレーニングも完了していたので、幼児学習教室からスタートした。しかし、彼は拒否傾向が強く、一筋縄では学習に乗ってこなかった。

初めの頃彼は自分の幼児椅子に頑として座らないので、私の膝に座らせ、一緒に机に向かい彼の好みのイラストを次々描いて気を引いた。その間は大人しく鉛筆の先から現れてくるイラストを集中して見ていた。

時には自分のイメージのイラストのリクエストもあった。彼は自分でも独特のイラストを描いた。私は絵を描いている合間に少しずつ学習課題を挟んで、声かけしながらササッと済ませた。彼は視覚認知も良かったし、軽度の自閉症なので、どさくさに紛れて挟まれたプリント課題は拒否なくこなして、いつの間にか学習は進んだ。

お母さんが日本の看護師の国家試験を受ける間、彼は東京のマンションに帰っていた。その時はお母さんの妹にあたる叔母さんが、彼の家に来て世話をしていたそうだ。

お母さんの試験が終わると二人は千葉のアパートに戻り、またこばとに通ってきた。息子を送ってきたお母さんは、私を見ると暗い顔で寄ってきて、こばと前の一方通行の道路で立ち話をし始めた。話さずにはいられない気持ちがあふれていた。長い立ち話になった。

お母さんの国家試験期間中、息子の世話は妹がしてくれたが“大変”を通り越すような有様だったと、まだ湯気が立ち上っているかのように話を始めた。

息子はお母さんが家にいない理由が分からず、パニック状態になってしまった。

わざと布団におしっこをかけたり、大事なものに唾をかけたりした。叔母さんを困らせるいたずらの限りをつくして、きりきり舞いさせたそうだ。

そう話すお母さんの眉間に深い縦皺が刻まれていた。お母さんも受験で大変だったろうが、叔母さんの方も慣れない自閉症児の世話とパニック状態の甥っ子にさぞ大変だったことだろう。

お母さんは試験に無事合格したそうだ。

そうこうしながらも彼の学習は進んでいき、就学前までにはひらがな・カタカナ、一桁の足し算・引き算までできるようになっていった。もともと形のある絵を描けるくらいの自閉症児なので認知機能は低くなかった。

次回更新は7月9日(木)、14時の予定です。

 

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