話が発展しやすい癖

彼は言葉が出ていたが、保育園では友達とのトラブルが多く、お母さんは躊躇なく小学校の支援学級を選んだ。

実家の近くというメリットもあり、学区内の小学校にある少人数の支援学級に入学した。お母さんは、仕事の繁忙期は帰宅が遅くなることもある。その時は両親がサポートし、「こばと」への送迎も引き受けてくれるので助かっていると話していた。

彼の小学校支援学級での生活は落ち着いてきたが、祖父と孫の折り合いや、相性の悪さは悪化する一方だった。

実父と孫のいさかいは、祖父を“大人げない”とたしなめるのでは済まされないものがあった。お母さんはなんとか解消しなければ、と焦るようになった。

そして彼は祖父と距離を置く方が良いと判断し、実家を出て実家近くのアパートに住むことに決めた。

息子は二年生になり少人数の支援学級にも一年生が入って来た。その中に軽度の自閉症だが、彼と行動の傾向が同じタイプの男子がいた。

そのため祖父と彼の関係に類似したパターンになり、その男子と何かにつけ些細なことがいさかいになった。

小競(こぜ)り合いはエスカレートして取っ組み合いになることも多くなっていったようだ。

実は、彼も一年生の男子も幼児期からこばとに通ってきていたのだが、こばとでは学年が違うし通う曜日も違っていたため顔を合わせたことはなかった。

支援学級の担任は三十代の男性だった。彼は和太鼓奏者でもあり、休日には市の文化センターで和太鼓サークルの指導もしている明るい人だった。こばとが実践する中学生の「社会トレーニング」の“和太鼓体験プログラム”でもお世話になったことがあった。彼のことは知っているし優しく丁寧な人柄だった。彼の担任になったと聞いて安心もしていた。

ところがADHD傾向を持つ二人の男子生徒が支援学級の生徒になったことで、些細なことでトラブル、小競り合いが頻発し始めたようだ。

二人の口争いや取っ組み合いが日常茶飯事になっていることは、療育中に漏らす彼の愚痴からも推察できた。担任が二人の矛(ほこ)を収めるために暴力を振るうとまで言い出した。

彼の話だけでは信憑性が分からない。現場を見ていないのに外部の者が学校のことに口出しはできない。それに同じ支援学級に通う四年生のクラスメイトからは担任の暴力の話は聞こえてこなかった。

少人数の支援学級でも一人担任では間をうまく取り持つことは難しかっただろう。

取っ組み合いになった二人を大声で叱ったり、腕力で二人を引き剥がしたり力を使わざるを得ない時もあったかもしれないと想像した。

彼の口から、担任から暴力を受けたとか、虐待されたという話が頻繁に出るようになった。驚いた顔をすると、身振り手振り交えて真に迫る話をする。

男性担任が力ずくで二人を引き離すことはあったかもしれないが、額面通りに受け取れる話だろうか?と疑わしくもあった。

お母さんは息子の話を全面的に信じているようで、担任教師の対応に対しては不信感を抱き始めたようだった。

次回更新は6月30日(火)、14時の予定です。

 

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