【前回の記事を読む】26歳・通信教育生が、母校の校長に教育実習を頼んだ。しかし、(こんな人物、受けいれて大丈夫なのか?)と言われたような…

Ⅱ 学校勤務の前に

3 教員免許取得! しかし、その後は……

入社したのが7月の暑い時期で、空調の清掃や貯水槽の中の洗浄等による現場作業ばかりであった。

汗をかきながら慣れない仕事をしていくうちに、「俺はいったい何をしてるのだろう?」と心の中で叫ぶことが日に日に増えてきた。

おまけに私より早く会社にいる随分と年下の者から呼び捨てで呼ばれ、指示されることに堪えることができなかった。それでも他に自分の合う職が見つからないと退職しきれないので、我慢するしかない。

我慢の限界が近づく頃、気分転換に隣の町で定期的に行われている大学の学友会に何気なく行ってみることにした。

するとそこにOBの人がポツンと座っていて、いろいろな人たちとニコニコしながら会話をしていた。そのOBの人も元自衛官で、フレッシュそうな感じで後輩たちの面倒見も良かった。私も話をしてみようと思い、近づいてみたら突然こんなことを言われた。

「あなたはどこの学部でしたっけ?」

一瞬キョトンとして「文理学部の英文科です」と答えた。

そして今度は「今どんな仕事をしてるの?」と言われたので、「ビルメンテナンスのサービス業です」と答えると、「なんで英文科出た人がそんな仕事をしているの?」と不思議そうな目で言われてしまった。

大きなお世話だと思いつつ、塾関係の仕事がないから仕方がないではないかというような台詞を吐くと、その人がすかさず手帳を取り出した。「うーん、塾の講師、塾の講師と……」そうブツブツ言いながら塾関係の知り合いの連絡先を探していた。

「あ、あった!」と言って、「じゃあ、こっちからまず連絡してみるから暫く待ってなさい」と言われた。あまり期待することができなかったのだが、数日後、例のOBの人から電話がかかってきた。

話はしておいたから、あとは自分で電話して聞いてみなさいということで、電話番号を教えてもらった。

早速電話してみたら、面接に来てくださいとのことであった。相手はほんの小さな個人塾を経営する塾長であった。

履歴書を渡すと、やはり学歴のことで変な目で見ていた。またダメかなと思っていたら、知り合いの紹介ということで結局採用となった。よし! やったぞ! やっと教育関係の職に就くことができたぞ!と喜んでいた。

だが、実際入ってみると、そこは地獄の入り口となっていた。先ずは勤務時間より1時間早く出勤して、4教室を一人で掃除しなければならない。

あとは電話番や専門外の科目(苦手科目)の授業準備(予習)等様々であり、夕方になると小学生の授業から始まる。

その後メインとなる中学生の一斉授業が始まるのだ。初めは生徒や授業に慣れてないため、もう滅茶苦茶であった。

そして最後は塾長の小言で一日が終わる。これを何とか自分なりに勤めだしてから3年の月日が経った。

その時に私は、中学時代から願っていたことと、当時父も願っていたことから、やはり学校の教師になりたいという気持ちが強くて、退職を決意することにした。

もちろん塾長は大反対であった。正教員にもなれず、ましてや臨採さえも来るかどうか分からないのに中途半端だからだ。