【前回の記事を読む】高2の冬、親父が急死した。国立大受験のために猛勉強していたが、3年生になるころにはお金の余裕がなくなってきて…

Ⅱ 学校勤務の前に

1 通信制大学7年で卒業 〜理数系くずれ〜

このような負け惜しみを言いながら、いくら人(特に同僚や同年代の仲間たち)と別れるのが辛くても、人との出会いを大切にしたいと意地張っても、大学生活には限度というものがある。

8年で卒業できなければ、もう一度入学し直さなければならないのだ。そうなると今度は自衛隊にも迷惑がかかるので、7年にして必死で何とか単位を取るように心がけた。

スクーリングの単位修得試験では、遊び癖の罰が当たったせいか、ほとんどが不合格で、このままでは不味いと思い、必死で普段の難しいレポート用の修得試験に挑戦し、不思議なことに何故か合格することができた。

また、スクーリング単位をいち早く修得する方法として、夜間スクーリングというものもある。これを利用する為に、地元広島の自衛隊から東京の自衛隊へと思い切って転勤したのが、大学5年目のことであった。

残る単位は卒業論文である。もう時間がない。切羽詰まったときに下書きなどはせず、いきなりワープロ執筆(この頃は文理学部のみワープロ使用が認められていた)で行い、ぶっつけ本番約3ヶ月で仕上げることができたのには、自分でもさすがに驚いてしまった。

もちろん運良く面接にも「自衛隊の方なんですね。そのような激務の中でよくここまで論文を書くことができました。取り敢えず合格です。おめでとうございます!」と情けかどうか分からないが、良いことばかり講評されて、めでたく7年で卒業となった。

2 26歳で教育実習

卒論作成前の話になるが、単位も暫く落ち着いてきた頃、6年で卒業見込みが可能となってきた。そこで教育実習を受けようかどうか迷っていたことがあった。

受けなければ確実に6年で卒業できる。もし受けたら卒業は1年延びるが、同時に教員免許を取得することができる。卒業を早く取るか、遅らせて教員免許を取るかの悩ませる選択であった。

暫くよく考えて、自分は何のために大学で勉強してきたのか再度振り返り、結局教育実習を受けることに決心した。

だが、これにもまわりくどい事があって、先ずは自分で母校先の校長に直接電話でお願いしなければならなかった。

ドキドキしながら電話してみると、大学の通信教育での教育実習は珍しい傾向という理由で、「一度職員会議を開いて結果を出しますから、もう暫く待ってください」と、このような人が教育実習を受けて大丈夫なのか? と思われるような口調で遠回しに言われた。

当時はまだ学歴差別されてるのではないかという考えを持つ余地もなかった。

約1週間経って、こちらから電話してみると、「一応OKにします」と言われた。「一応」という言葉が少し気になったが、教育実習を受けることができる事には変わりないので嬉しく感じた。

実習の前日、東京から広島の母校を訪問し、校長や担当の先生、中学時代の懐かしい先生たちと会った。