どちらにしても、その頃は身内の事情で熊本に行かなければならなかったので、前もって熊本県の教育委員会にも臨採の申し込みをしておいた。
身内の事情であれば仕方がないと、やむを得ず塾長も納得し、気持ち良く見送って頂けた。退職して2、3日後に運が良いのか悪いのか、熊本県立高校の校長から電話がかかってきた。
だが、非常勤で来てもらいたいということで、これでは生活できないと分かっていたこともあり、初めは断ろうと思っていた。
しかし、校長がどうしても来て頂きたいと念を押すように頼むので、他に行くあてがないこともあり、ここは一つ賭けてみることにした。
これで念願の教師希望に近づくことができたと思えば、文句なしに熊本に行けるだろうとわくわくしていた。翌日、熊本の親戚(叔父)宅に滞在し、居候となりながら高校の非常勤講師勤務となった。
ここから学校勤務の始まりである。
Ⅲ 高校非常勤講師体験談
1 勤務地は東の端(山)
広島から高速道路を利用して、ちょうど熊本の入り口のインターに下りて叔父宅に着いた。叔父の家は福岡県との県境にあり、翌日そこから学校へと向かって行った。
ところが、初めての熊本なので地形が全く分からず、何度も道に迷ってしまった。農道が多く、できる限りメイン道路(国道)を通り、標識を頼ってやっと学校に着いたときはもう既に約2時間かかっていた。
これで毎日通勤できるのであろうかと内心少し不安になっていた。事務室に行き挨拶をすると、暫くして体のごつい教頭がやって来た。校長はこの日不在だったらしい。
校長室で非常勤講師用の書類を作成し、その後は健康診断ですぐ病院に行かなければならなかった。
ただ、塾講師の収入が低かったため、健康診断だけで1万円近くかかったのはショックであった。
でも、この年は後で学校の方から全額返ってきたので、取り敢えずはホッとした。因みに翌年からは何故か自己負担となっていた。
帰りは何とか逆順の道を覚えていたので、約1時間半に縮めることができた。だが、それでも不安はそう消えるほどでもなかった。要するに叔父宅は北の端で高校は東の端だから不安となって無理もない。
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