一般に、古代エジプトやオリエントの文化では、恥辱や名誉の負傷、屈辱、あるいは早過ぎた栄光のために自死をすることは、決して珍しくなかったようである 1

また、紀元前5世紀に書かれ、ギリシャの医師ヒポクラテスにちなんで名付けられた有名な『医学の誓約書』にも示唆に富んだことが明らかにされている。

そこには、「……わたしは、誰にも、猛毒を与えたりはしない」と書かれている。

この定式は、すでに古代においても、薬物を与えて死なせる形の医療支援について、異なった見解があったに違いないことを示唆している。

もしある種の需要がなかったならば、自死への医療支援を誓約書で禁止する目的は一体何であったのだろうか? 

このような需要についての記載は、現代の医療関係者の間ではむしろ隠されているが、実際には存在していたのである。

バンベルクの古代史研究者ハルトウィン・ブラントが、ローマ時代の医師の仕事、特に、死に瀕した高齢者に対する仕事について、2010年に包括的な論文を発表していることに感謝したい。

ブラントによれば、古代ローマ時代においては、自分の命を絶つことを医師に依頼すること、苦痛に満ちた命の最後を支援することは、どうやら当たり前のことであったようである。

そこには、今日でもよく議論されるが、古代「ヒポクラテスの誓い」に書かれている「殺人の禁止」を理解する鍵があると述べている。

古代ローマ帝国の医学は、自死幇助について統一した見解を持っていなかった。ペルガモンの偉大な医師ガレンは、老人と重病人に自死を勧めた医師であったそうである!

哲学者セネカは、自らも医学的な死亡幇助を利用しているが、彼の70通目の手紙のなかで「もし、一つの死が苦悩のなかで行われ、もう一つの死が安楽のうちに行われるのであれば、なぜ、後者に支援の手を差し伸べることが許されないのか?」 2と記している。

ローマ法では、自殺や自殺未遂は一般に罰せられないばかりか一定の尊敬さえ集めていたが、6世紀以降、中世の初めになってそれが変化した。


1 Dietrich, Jan: Der Tod von eigener Hand. Mohr Siebeck, Leipzig (2016), S. 77

2 Brandt, Hartwin:Am Ende des Lebens. Alter,Tod und Suizid in der Antike.
ZETEMATA, Verlag C.H.Beck,München (2010),S.6 ff.u.93 ff.;ders.in:FAZ vom 7.2.2018;S.N3(Übersichtsartikel)

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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