【前回記事を読む】街宣車の大音量に耐えられず…車に上り、コンセントを引き抜いた外国人。あまりの大音量に我慢できなかったのか…
第1章 最後のフロンティア
OFFICE KOKUBU
彼のオフィスは市内のカンドージ湖のほとりでバハンという街にあった。モヒンガー社のオフィスに入ると、奥に座る古町朋樹GMだけが日本人で、ほかの二十名近い若いスタッフたちは全員ミャンマー人だった。
若いスタッフたちはいつも賑やかだ。フロアのあちこちから「トモキさーん」と声が掛かると、営業的な話には男性通訳のシートゥーが、経理や管理部門の内容には女性通訳のティティがトモキさんとスタッフとの間に入り、GMの気持ちに成り代わって問題の処理をしていた。スタッフたちと年齢の近いニンはすぐに彼らと打ち解けていった。
そしてもう一社。バハンのビルには、モヒンガー社と同じフロアに日本の大手旅行代理店大海旅行社のミャンマー支社も事務所兼店舗を構えていた。僕はミャンマーに来る前に日本の本社とはたびたび仕事をしていた。
大海旅行社の濱田(はまだ)社長にはずいぶんとお世話になっていて、赤沢社長室長からもミャンマーに行くならヤンゴンの支社長を訪ねるようにと勧められていた。受付で名乗ると、僕はすぐに案内された。黒川支社長とはすでに面識はあった。
「國分さん、どうもどうも」
「黒川さん、日本企業広報ブースではお世話になりました。今日は、あらためて〝茶色ノート〟がご挨拶に参りました」
大海旅行社はかつてベンチャー三銃士と呼ばれ一世を風靡(ふうび)したカリスマ経営者濱田社長率いる大手旅行代理店だ。設立当初、顧客名簿を記したノートが茶色だったので、古株の社員は顧客のことを〝茶色ノート〟と呼んでいた。僕もそんな〝茶色ノート〟の一人でもあった。
こうして偶然にも二つの顧問先が同じビルだったので、僕とニンは頻繁にバハンに通うようになった。
「これは、シュエダゴン・パヤーに御礼のお参りをしなければいけないね」
「そうです。ぜひ、行きましょう」