ある日、ニンとシュエダゴン・パヤーを参拝した。

シュエダゴン・パヤーは、紀元前五百八十五年、二人の商人がインドで出会った仏陀に八本の聖髪を授かり、この仏塔に奉納して以来、ミャンマーでもっとも神聖な場所として崇められている。

一般にミャンマーでは、寺院の境内に入る前、駐車場で車を降りたときから履物を脱ぐことが礼儀だ。英国からの独立運動が始まったのも、寺院の境内に土足で踏み込んだ英国人に対してビルマ人が激しく抗議したことがきっかけだった。

けして裕福とは言えないミャンマー国民だが、仏塔の金箔は本物の純金が使用されており、それらは参拝者の奉納によって賄われている。寺院には黄金だけでなく、五千のダイヤモンド、千のルビーや翡翠なども奉納されていた。その境内のなかには祈りのスペースがある。事務所を立ち上げたとき、僕たちはそこに座り、事業の成功を祈っていた。この日はその御礼参りとなった。

ニンは再び同じ場所で静かに一生懸命に祈っていた。彼女の後ろ姿を見ながら、僕もあらためて祈りを捧げた。この国に来て仕事をする以上、この国の人たちに喜ばれることをさせていただきたい。僕はそう念願した。

僕がミャンマーで立ち上げたのは、メディアコンサルタントとして広報関連の業務を扱う提案型の事業だった。この時点では日本でいう個人事業主のようなものだ。

大海旅行社からは、同社の新しい看板をビルの前面に掲げる作業を請け負った。これはニンにとっても初めての作業だったが、お得意様の意向を受けてデザイナーに発注したり、設置する家主と交渉をまとめたりしてくれた。仕事の結果は目に見える形で残り、今もバハンのビルに掲げられている。ニンにとっても自信に繋がったに違いない。

また、僕は大海旅行社のインバウンドを広報面で支援するために、海外旅行者にとって定番のガイドブック『ビルマの歩き方』で広告枠を確保したいと考えていた。

まずは黒川社長に提案した。大海旅行社のような日本本社と海外支社の両方で営業部門を持つグローバル企業の場合、社内的に関係各所に売上げを落とす必要もあり、広告宣伝の費用対効果をどう考え、どの部署で広告予算を負担するかなど本社との調整作業が必要だった。

黒川社長はそうした調整を重ねた結果、めでたく広告出稿は決定された。我が社のニンにとっても、一連の仕事は密度の濃い経験となった。広告原稿作成にデザイン制作と、段階を経て作業を通してニン自身も成長していった。そして彼女の仕事の足跡は、日本全国の書店に並ぶ書籍という形で残ることになった。

 

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