痛いの、痛いのとんでいけぇ~
オウム返しに疲弊
あるお母さんが予約時間通りに面談にやって来た。
私を見つけると明るい笑顔で挨拶してきた。
「どうぞ」と声をかけると、面談を待っていたかのように、いそいそと入室した。
彼女の後ろに四歳の息子がぴったりくっ付いていた。電話での面談申込の時、一人息子は公的機関の発達検査で自閉症と診断されている、と言っていた。
発語はオウム返しだがあるということだった。
親御さんの中には、面談に連れてきた我が子が勝手な方向に動かないよう、手首や服をがっちりと、あるいはさりげなくつかんでいる人が多いが、このお母さんは息子の動きを気にする風もなかった。
それに彼は手をつないでいなくても母親のそばに動かずに立っていた。
私は勝手に多動を予想してしまっていたのだが、動かないタイプの自閉症児のようだ。
彼は園児椅子にも抵抗なく座り、アイコンタクトも良く、周りの物を勝手に触ろうとして体を動かすこともなかった。
面談を始めると、お母さんは開口一番、「気が変になりそうなんです」と怒りと困惑が入り混じった、高揚した表情で言った。それからその理由を訴えるように意気込んで話し始めた。
「『痛いの痛いのとんでいけぇ~』を一日に数回どころか、何十回も言わされて、イライラを通り越して気がおかしくなりそうです。同じようにオウム返しで繰り返さないと息子は余計しつこくなって。どう対処したらいいのでしょう?」と、当の本人が隣にいるのも構わずまくし立てた。
息子のしつこさに我慢も限界だと言っていたが、息子を見るお母さんの眼差しにきつさは感じられず、むしろ慈愛を感じた。
私の推測では、たぶん彼が転んだか、何かにぶつかって泣き喚いた時、お母さんが痛い所をさすりながら「痛いの痛いのとんでいけぇ~」と言ってくれたのがきっかけになったのだろう。
そのフレーズが息子に強烈な快感をインプットしたのだ。それが今では痛みとは関係なく、お母さんに構ってもらいたい時、頻繁に寄ってきて、「痛いの痛いのとんでいけぇ~」と言い、それを母にも言わせたいというパターンになったのだろう。
しかし、お母さんにも同じように繰り返させ、そうしないと大騒ぎするか、繰り返すまでしつこく付いて回るので、さすがのお母さんもイライラが抑えられないのだと思われた。
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