【前回記事を読む】なぜ天皇は人の上に立つのか? 答えは彼らの前世にあった——「十善」を守った、功徳がある「十善の君」として認識されていて…
第1章 日本民族及び国家の成立
第2節 国家の成立
第2項 主役の構想
①藤原不比等
不比等は藤原氏が永代、宮廷と共に歩むために、遵守すべき私的家訓を伝家の宝刀として秘密裏に伝えたものと推測した。当然、父鎌足の影響が具現化したものであろう。
藤原家は時代が天皇親政からどんな政治体制(例えば、摂関政治、院政、武家政治等)へと政治権力が誰に掌握されようとも、天皇制の基幹となる皇族と公家の維持を最優先に置き、それの中心母体である次席の藤原家の存続を図る。
傍目には双頭体制に見えても、本旨は天皇家の執事として仕え、決して臣下の矩(のり)を越えない体制作りと訓戒を子々孫々に遵守させている。
偉大な先人の意志や趣旨で未来を固定することは不可能でも、歴史というキャンバスに不比等の構想は結果的に描かれ、1300年後まで紡がれた。
天皇制擁護に徹する藤原一門は興福寺を氏寺、春日大社を氏神として篤く奉祀していく。これは天皇家由来の官寺、神社を模したのではなく、むしろ代々、朝廷の祭祀、神事を担当していた藤原氏が積極的に誘導して、民衆の官寺、氏神への持続的奉祀へと繋げた。
皇室の関与する官寺、祖先神の天照大神を祀る伊勢神宮等との一糸乱れぬ整合を図り、子孫が道を外さぬように堅牢な外郭を生前に構築した。
春日大社(四神を祀る藤原氏の氏神)
天照大神を祀る伊勢神宮(内宮)
寺社が奈良期以降に想像外の発展を遂げていく背景に、2家の神社仏閣との揺るぎない関係構築があった。