私も老々介護の末の悲惨な事件は知っていたが介護者の自死は初めて聞いた。
八掛社会の多くの問題は私、八十三歳の年寄りが考えられる域を超えている。それで今の若い人たちに任せるしかない。本題「介護」に話を戻そう。
自ら、家族の介護ではなく老人ホームを選んでいた私に限らず、「老人ホーム」という施設、介護事業に参入してくれた福武氏はやはり「すごい」人だと思う。
生きていれば必ず迎える老い、介護、その当人にも家族にとっても、人生の支援者だと思う。氏の言葉「年をとればとるほど幸せになる国でなければならない」を思う時、同時に思い出すスタッフの言動がある。「だって目の前に困っている人がいるんですよ」
「介護はありがとうと言ってくれてありがとう、笑ってなんぼの仕事」
母親を介護した娘さんの言葉「お母さん、今日から私がお母さんよ」
これらを思い重ねて「人の介護」に委ねようと思った私であった。
ホーム小話6 仏の顔も三度まで
Mさんは娘さんとの同居も、息子さんとの同居も経験してきたという。娘さんは「もう聞いた!」と言う。それが三度になると(しかし当人は三度もだとは認識していない)「もう三回も聞いたわよ!」と、とどめをさす。「仏の顔も三度まで」とはこのことかと私も共感した。
これを聞いていた向かい席の入居者「だからここは気が楽ですよ。気を使わないですみますからね」。それもその筈だ。聞いた方もそのつど忘れてしまうのだから……納得!
この転倒が家で起こっていたら
私は老人ホームで入居から看取りまでの「安心安全」の時間を買った、と書いてきた。この四年二ケ月、私は介助介護を受けずに生活をしてきた。
入居して心が落ち着き、入居者とのつながりもできた頃だった。その時のダイニングのテーブルと椅子は入居者がお尻に力を加え、後ろに引くと椅子は容易に引けて立ち上がることができた。そのためスタッフの連れ添いの必要な入居者があっという間に立ち上がり転倒したのを私は見た。
その直後だった。私と同じテーブルの入居者がやはりお尻に力を入れて立ち上がろうとするので私はスタッフに合図をしたり、時には私自身が彼女に駆け寄って「危ないからね」と言って元に戻すこともあった。
試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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