まえがき
このホームに入居した時、ホーム内には介護する側の人間と介護を受ける人間、この二種類の人たちしかいないということは全くの驚きだったし、特にコロナが始まって面会に来る家族(その中には子どももいた)に接することがなくなると一層この違和感は強くなった。
ホームの生活が長くなると、ホーム側の人間と私たち入居者の間の世代のギャップにびっくりした。
戦中、戦後には日常的に使われていた疎開、学徒動員、勤労奉仕、赤紙は死語になった。現役時代に使用していた言葉の多くも差別用語として排除された。
スマホを使う時は用件のみ、極めて短い。伝えたいことは原稿用紙に書いて84円切手を貼った封筒を赤いポストに投函する。
文章はボールペンで肉筆。同世代でも私の友人たちはすべてパソコン文字である。そんな中で特に若い人たちが本を読まなくなっていることもホームに入ってから知ったことだった。
本を書き始めた当初、私は内心スタッフにも読んでほしい気持ちはあった。それは今でもある。しかし日常走り回っているスタッフたちだ。しかも夜勤を含むシフト制の生活は不規則である。
一分でも早く退出して体を休めてほしいので私の方から「読んでほしい」と言ったことはない。
しかしホームの運営に関わるホーム長が、入居者である私の本、しかもそれは「介護」「老人ホーム」がテーマになっているその本を読んでいないことを知った時は驚きというよりさみしさを感じた。
私は以前、本の中で「ゴマメの歯ぎしり」を書いた。そこで本に対する思いを綴っている。
一、介護、老人ホームの情報発信である。
二、本は日用雑貨と違うのでできれば書店に出向いてほしい。(書店の減少はさみしかった)
三、私の本が売れたわずかな印税を口実にして「あしなが育英会」に寄付をすること。(日本の将来を担う青年たちが経済的な理由で進学が難しいのはやはり国の損失だから)