錫杖(しゃくじょう)の音が山間に響く。その律動は、さながら鼓動のようである。山道は森閑としており、時折、鳥が鳴き声を聞かせる。

空海と雀は、和泉国(いずみのくに)の槙尾山(まきおさん)を歩いていた。ふたりは旅を続けるうち、この世の変化を見て取った。

とくに目に余るのは、僧尼(そうに)の堕落であった。貴族と結びついた寺社は一大勢力となり、その腐敗振りはたちまち巷間(こうかん)の噂となった。寺院の力を利するため、戒律を守らぬ在家の僧や尼が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)した。私度の僧尼は朝廷の許可を得ずに剃髪し、僧衣を着込み、寺院に所属する僧侶と区別のつかぬ農民を欺き、食糧や財産を巻き上げていた。

「雀よ、近頃の私度の僧尼をどう思いますか。戒律を守らず、智慧を身につけず、仏道を外れた振る舞いをしている者が目につくように思いませんか」

「たしかに、在家の僧や尼の非行は行きすぎているように存じます」

「もしや、帝釈天さまの話していた邪の力が、僧尼の心に入り込んでいるのではないでしょうか」

「その見立てはおそらく正しいでしょう」

「一切衆生(いっさいしゅじょう)を救済する立場の僧尼が本来の役割を果たさないので、農民たちは水火(すいか)の苦しみを味わっている。いても立ってもいられない気持ちになります」

「何、急がば回れです。地道に寺社を回り、各地の仏の力をいただくのです。そして仏法を広めることに力を尽くしましょう」

「そうですな」

ふたりはそれきり黙って歩を進めた。山を登り切ると、立ち並ぶ堂塔(どうとう)と黒木の柵に囲まれている枝振りのみごとな松が見えた。勤操とゆかりのある槙尾山寺(まきのおさんじ)であった。

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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