この人はたぶん独り暮らしで、他人との会話に飢えていたのだろう、と想像して勝手に納得した。この想像が間違っていなかったことは、話を進めるうちに確かなものに変わっていくことになる。
おじいさんは名を、水口(みずぐち)秋魚(あきお)といった。漁師の父親が秋に生まれた一粒種に、千思万考を重ねて名付けた至高の名前だという。その名がずっと嫌いだったと語る彼の顔は、けっして嫌そうではなく、むしろ愉快そうに見えた。
「だからガキの頃のあだ名は、いつだってサンマだったよ」
今となっては良い思い出なのだろう、水口さんは、遠い目をして懐かしそうにほほ笑んだ。
天体望遠鏡を正面に見据えた、濡れ縁に腰かけての会話である。秋の陽はすっかり西に移動していて、張り出した屋根の庇(ひさし)が、上手い具合に紫外線を遮ってくれている。
空気の澄む秋の陽は、油断をすると夏に劣らないほどの日焼けをもたらすことがある。『色の白いは七難隠す』といった母の教訓を思い起こすまでもなく、肌の保全は万有に優先すべき重要課題だからこれは有難かった。
「後先になってすいません。わたしは空木(うつぎ)幸枝(ゆきえ)といいます」
名前が嫌いということにかけては、こっちも負けていない。
中学生の頃クラスメイトに、『名前に〈枝〉を持つ女は幸せになれない』と言われたことがある。現代なら立派なハラスメントだが、それが今になっても心の奥底に痛痒い感覚を残している。まるで指先に負ったかすかな包丁傷のように。
おまけに苗字には、空という字が含まれている。〈そら〉ではない、〈から〉という意味だ。幸せが空。幸福になれるわけがない。
「空木さんか。山の名でそんなのが確かあったな。ご出身は、長野県かな? ご先祖様がそちらの出とか」
「いえ、わたしは地元産です。先祖のことは知りません」
「さようか。それは失礼した」
「いえ」
次回更新は6月5日(金)、11時の予定です。
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