【前回記事を読む】昔は傷口の消毒に高熱の油を使っていた。ある時、煮立てた油を切らしてしまった医師は、卵と食用油を取りに調理場へ行って…

第五話 近世外科の開拓者パレ
―「教条」から実証的な医療へ―

床屋医者が国王侍医に

パレは1510年にブルターニュ家具職人の息子として生まれました。パリの床屋医者の徒弟となり、オテル・デュー(後のパリ市民病院)で住み込み修業した根っからの庶民です。

大学教育を受けた正規の医師ではないとはいえ、彼は鉛の小銃弾や大砲の破片などの摘出、あるいは手足の切断(図5-2)といった手術に卓越した技術を発揮したばかりでなく、愛護的な処置法の実践などでも、名医として名を知られるようになってきました。

評判が広まり、指揮官クラスの貴族たちからも積極的に治療を求められるようになります。

ある戦闘でフランス軍が敗北し、パレが敵軍の捕虜となった際にも、彼の名声を知っている敵の指揮官から丁重な扱いを受けたという話も伝わっています。

戦場での彼の活躍を知ったフランス国王アンリ2世は、1552年にパレをパリに招いて「国王の外科医」に任命しました。

一介の床屋医者が国王侍医となるのは異例のことで、パリ大学の教授連中など権威ある医師たちからは猛反発が生じましたが、1562年にはシャルル9世から王室の「首席外科医」に任命されるなど、パレはその後4代にもわたって国王たちからの厚い信頼に応え続けることになります。

5-2 戦場で下肢切断を行うパレ

「われ包帯す、神、癒し賜う」

この時代で最も優れた外科医であったにもかかわらず、パレは極めて謙虚な人柄で、最下級の兵士たちにも全く偉ぶることなく親切に接したそうです。

彼の名言(小見出し)の「神」を「患者自身の力」と置き換えれば、現代でも通用する言葉ですね。

次のエピソードは、病床のシャルル9世とパレとの会話です。

 

国王「お前の病院には多くの病み人が来ているであろうな」

パレ「さようでございます。病み人とは哀れな者でございます」

国王「そうか、しかし余には、そんな哀れな者たちよりも良い手当をしてくれるであろうな」

パレ「畏(おそ)れながら、それはいたしかねます」

国王「!?」

パレ「私は全ての病み人に王さまと同じ手当をしているからでございます」