【前回記事を読む】手足の切断が最小で、絶対的な救命策だった戦時下の医療。腹や胸の深い創傷は手の施しようがなかった――体腔内への手術などは夢にも考えることなく、からだの外側への医療のみに専念していたのが、「床屋医者(理髪外科医)」や「金創医」などの当時の「外科(ソト科)」の医療者だったのです。現代の大災害時の救急医療では、負傷者の治療の優先順位を判定するトリアージが行われることがあります。気の毒な…
[連載]外科医が歩いてきた道
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評論『外科医が歩いてきた道』【第9回】笠原 浩
昔は傷口の消毒に高熱の油を使っていた。ある時、煮立てた油を切らしてしまった医師は、卵と食用油を取りに調理場へ行って…
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評論『外科医が歩いてきた道』【第8回】笠原 浩
手足の切断が最小で、絶対的な救命策だった戦時下の医療。腹や胸の深い創傷は手の施しようがなかった――
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評論『外科医が歩いてきた道』【第7回】笠原 浩
西洋美術史において、なぜヌードは「神話画」ばかりなのか? そこには人体を描きたい画家と「宗教的背景」が隠されていた。
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評論『外科医が歩いてきた道』【第6回】笠原 浩
ペスト、宗教改革、そして科学の誕生。カトリック教会が求心力を失い、近代への扉が開いたヨーロッパの歩み
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評論『外科医が歩いてきた道』【第5回】笠原 浩
なぜ理髪店の回転灯は赤・白・青? その答えは庶民を救った「床屋医者」の歴史にあった
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評論『外科医が歩いてきた道』【第4回】笠原 浩
中世ヨーロッパの医療はなぜ進歩しなかったのか? 教条主義に支配された1000年と、疫病・瀉血・呪術に頼った暗黒時代の真実
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評論『外科医が歩いてきた道』【第3回】笠原 浩
やがて医師たちは奴隷から市民へ――中には皇帝の侍医になった名医も
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評論『外科医が歩いてきた道』【第2回】笠原 浩
権威付けられた高貴な「偉いお医者さま」は、血や膿(=ケガレ)に触れる外科的な手術は行わない。「汚れ仕事」は身分の低い職人が…
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評論『外科医が歩いてきた道』【新連載】笠原 浩
なぜ体の外側の診療が「内科」で内部の手術が「外科」? 実は百数十年前までは、外科医の仕事は体の表面、外側だけに限られていた!