フランス語での医学書の出版

パレは自らが体得した知識や技術を仲間や後に続く人たちに惜しみなく伝えました。

パレの最初の出版物は、戦場での経験を基にした1545年の「火縄銃その他の創傷の治療法」でした。その後も血管結紮法を記載した「外科十巻(1564)」など数多くの著作を残し、晩年の1575年には、それらを集大成した「大外科学全集」を出版しました。

この大著には創傷治療や外科手術のみならず、整形外科、産科、歯科、さらには義手義足の製作などまで記載されていて、広い範囲にわたる実用的な記述で臨床外科医学医療の発展に大きな寄与を成し遂げるものとなります。

これらの著作が、大学教育を受けていない床屋医者たちにも理解できるように、平易なフランス語で書かれていたことも特記されるべきことです。

しかし、このことは神学や医学などの「高級な」専門書はラテン語で書かれるべきものだと信じていた教授連中などから「権威を貶(おとし)める所業だ」と猛烈に非難されました。

出版差し止めの訴訟まで起こされましたが、医療現場での有用性は疑う余地もなく、正規の医師の資格を持っている外科医たちも読むようになるなど、飛ぶように売れていったということです。