近世外科医術の拡散
「大外科学全集」などの出版物は、まもなく各国語に翻訳されます。パレの考え方やその医術は西欧諸国に普及していきました。
オランダ語版は長崎出島に到来して、わが国の蘭方医たちに大きな影響を与え、1706年には楢林鎮山によって重訳された「紅夷(こうい)外科宗伝」が出版されました。世界最初の全身麻酔下で乳癌の手術を実施した華岡青洲も、これを参考にしてさまざまな手術に取り組んだとされています。
パレは高名な解剖学者シルヴィウスの講義を聴き、その実習に加わるなど、解剖学の知識も豊富で、近代解剖学の開拓者ヴェサリウスとも個人的に接点がありました。
この時代の医学といえば内科学のことで、大学医学部ではアカデミックな教養と古典的な医学の教育がそれなりに行われていましたが、外科治療や解剖についての教育は必ずしも十分なものではなかったようです。
正規の医師で外科治療にも手を出したい者や、より高度な外科治療に習熟したい床屋医者を対象に、パリにサン・コーム外科学校が設立されて解剖学などの教育を行い、修了者に「外科修士」の称号を与えていました。
パレはこの学校でも、解剖学の講義をフランス語で行い好評を博すなど、後進の育成に努めました。
彼に教えられた「外科修士」たちが、外科医療の発展と外科医の地位向上に寄与していくことになります。
試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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