【前回の記事を読む】再びボールが塀の向こうに消えて、おじいさんが飛び出してきた。彼は呆れ顔で私について来るように言い、あるものを見せてきて…
ホームランとフォーマルハウト
「まさか、この中に?」
「ああ。昨夜の夜露で濡れたんでね、ふたを開けて乾かしている最中だった」
彼はそう言うと、手品のようにゴムボールを手のひらに出して見せた。
「直接ホールインワンですか?」
「妙なことを聞く。直接かどうかは関係なかろう」
「ごめんなさい。確かにそうですね」
とんちんかんな質問だった。混乱した理由は、賠償金の額が頭をよぎったからだ。窓ガラスだったらおおよその数字ははじき出せる。でも、望遠鏡の鏡となると全然見当がつかない。壊したわけじゃなく、汚しただけだとしても。
「これは普通の鏡じゃない。真空蒸着という技法で、ガラスの表面にアルミニウムの膜がコーティングしてあるんだ。素人がおいそれとできるものじゃない」
「はぁ」
「鏡面形状も特殊だ。おたくらが使う凹面鏡は球面だが、望遠鏡の鏡は放物面になっている。遥か遠方の光を一点に集めるためだ」
こちらの無知を見透かしたように淡々と語る。難解な単語を並べることで、賠償金額を吊り上げるつもりだろうか。
殊勝に耳を傾けていても、一割も理解できなかった。だけど、高価な品物だというのは容易に想像がついた。いったいいかほどの修理費を突きつけてくるだろう。金額によっては事件の真相を明らかにして、真犯人とその親を告発するくらいの荒業をする必要もあるだろう。
「星という遠方からやって来た光は、ほぼ平行光と言っていい。それを球面に反射させると、焦点は一点に定まらない。ところが、放物面ならそれができる」