「鍬下さんは何か持病があるとかおっしゃっていませんでしたか?」

「いいえ、体だけは丈夫だと自慢してたくらいです」

「おかしいですね。状況からはおそらく致死性不整脈を起こして心停止に至ったと思われるんですが、若くて健康な人には滅多に起こらないんです。心電図、心エコー、血液検査でも不整脈を起こすような基礎疾患は見当たりません。一体どうしてこんなことに」

小川はしばらく考え込んでいた。                                                                                                                                     

「鍬下はカフェで多田補佐官の秘書の山口という男と会っていた時、急に倒れたようです。まさかとは思いますが、念のため毒を盛られたのではないか確認するために、毒薬物検査をさせてもらえないでしょうか」

「分かりました」

小川は口に気管内チューブを咥えたまま眠り続ける鍬下をもう一度見て言った。

「鍬下、このまま死ぬなよ。おまえ、まだ俺に3万借りがあること忘れんじゃねえぞ」

夕方になって千晶から連絡を受けた麻利衣が慌てて病室に駆けつけてきた。ベッドの上の鍬下の哀れな姿を見て彼女は顔を蒼褪めさせ、唇を震わせた。

「鍬下さん……どうしてこんな……」

「私にも原因はさっぱり。警察が毒薬物検査もしたけど異常なしだった」

千晶が言った。

「意識は戻るの?」

「分からない。脳が長時間虚血状態に晒されていたから。このまま亡くなる可能性も十分あると思う」

麻利衣は再び鍬下の顔を見た。彼がいつか土手で、亡くなった母親のことを話して、自分を慰めてくれたのを思い出していた。

「鍬下さん、倒れた時に、例の不審火で焼死した多田補佐官の秘書と会っていたらしいの」

千晶が言った。

「それがどうかしたの?」

「いや、まさかね。ひょっとしたら、鍬下さん、あの不審火のことについて何か知ってしまって、それで暗殺されそうになったんじゃないかって思ったの。

そうでなきゃ、あんなに元気だった人が急に病気でこんなになっちゃうなんて信じられないから。でも飛躍し過ぎよね。やっぱり私、賽子さんの影響でちょっとおかしくなってんのかな?」

麻利衣は人工呼吸器が規則的に鍬下の胸を上下させるのを眺めながらしばらく考え込んでいた。