パクチー事始め
遠い昔のお話です。私が、最初にバンコクに足を入れたのは一九七九年七月十五日でした。
成田空港から飛び立ったJAL便がインドシナ半島に近づいた際のことでした。窓の外を見てみますと、今までに見たことのないような巨大な入道雲があちこちに無数に湧き上がっていました。日本の空ではけっして見られない光景に驚いたことを今でも鮮明に覚えています。
バンコクを訪れた目的は、外務省派遣の語学研修生としてのタイ語を学習するためでした。
タイ語研修に関しては、タイ人家庭に下宿しながら学習するのがベストとの、当時、在タイ日本大使館に参事官として駐在していた語学指導官からの強い勧めに従いました。下宿先となったのは、タイ国王陛下のお住まいのチトラダー王宮近辺にあるラーチャワットという下町風情を残した地域にあるタイ人家庭でした。
下宿では、朝晩の食事が用意され、下宿からアパートに引っ越すまでの一年半の間、下宿のお手伝いさんが作ってくれたタイ料理を食べ続けていました。
タイ料理の辛さは夙(つと)に有名ですが、アミノ酸を豊富に含んだタイ式醤油、いわゆる「ナム・プラー」という魚醤(ぎょしょう)による味付けがその基本であり、辛さとアミノ酸の旨味が醸し出す絶妙なハーモニーのお陰で、意外にも、ごく早期に自然とその味に馴染むことができました。
しかしながら、タイ料理には実に多くのパクチーが使われており、タイ料理を食べ始めた頃は、ドクダミあるいはカメムシのような匂いを発するパクチーは大の苦手で、食事中は、パクチーを皿やお椀の傍に掻き集め、口にすることはほとんどありませんでした。
当時、日本からのお客さんをタイ料理屋に案内する機会がありましたが、多分、当時の邦人のほぼ九割は、それまでにパクチーを食したことがなく、タイ料理につきものの「この変なハーブだけは勘弁」、と言ってパクチーを嫌がっていました。
「このハーブは中国では香菜(シャンツァイ)、タイではパクチーと言うのですね。私は大丈夫です」と蘊蓄を傾けるような御仁はごくわずかで、さらに、「パクチー、大好きです」と豪語する剛の者は、きわめてわずかであったと記憶しています。
綾小路きみまろではありませんが、「あれから四十年」、時間は、矢、もとい光のようにあっという間に過ぎ去ってしまいました。