【前回の記事を読む】アル中で入院中に受けたIQテストで、「IQ120ですよ!これは東大生の平均です」…お酒さえ止めれば立派に社会復帰できると言われたが…
人生を失い、それでも女は這い上がれるか
恵子 その二
退院のときが来た。前日の夕方、恵子は海が見渡せるベンチにひとり腰掛け、夕陽が沈んでいくのを見ていた。「これから私はどうなっていくんだろう。何ができるんだろう」、考え出せば不安でいっぱいになる。
浩の収入でなんとか生活はできても、翔平と陽平の大学進学を考えるとかなりの貯金が必要だ。だが恵子の望む条件の仕事はそうはあるまい。うつの症状はまだあるから働くといっても短時間になる。
出口の見えない不安を抱えたまま、恵子は仲間たちのいる部屋に戻った。不安が消えたわけではないが、誰もみな、自分の人生を背負って、断酒の道を歩んでいくのだと思うと、少し勇気がわいてくるような気がした。辛いのは自分だけではない。
翌日、荷物をすっかり整え、恵子はベッドに座って迎えを待っていた。浩が現れた。後ろに翔平もいる。
「翔ちゃん、来てくれたの!」、恵子は驚いた。
翔平は照れくさそうにしていたが、「お母さんがどんなとこにいたのか見ておきたくて……」といった。そして、笑顔をかみ殺すようなゆがんだ顔になった。
それが恵子にはなんともいとおしかった。三人で病院の駐車場まで歩いてきて、恵子はふり返って女性病棟を見た。たった三カ月だというのに、互いに心の底を見せ合った日々だからか、思い出が胸からあふれてきそうだ。恵子は二人に見られないように小さく手をふった。
退院後、恵子は千里浜の教えにしたがって、地元のAAに通った。週一回、夜である。飲みたい欲求の強い人は、毎日各地のAAに参加し、夜、体が空かないようにする。飲んでしまわないためである。
AAではさまざまな人生模様を知った。名だたる大企業の管理職だった人もいたし、何十人もの職員を雇う行政書士事務所の所長だった人もいた。みんな、仕事を失い、家庭を崩壊させ、いまは生活保護でささやかに暮らしていた。
お酒は飲んでかまわないが、飲まれたらその途端、人生を根こそぎもっていかれてしまうのだ。恵子はそれを改めて学んだ。その意味でAAに通った日々は無駄ではなかった。
だが、恵子はどうにもAAになじめなかった。キリスト教色が強いのである。会場も教会の一室である。横須賀でもそうだった。
何より、最後に全員でAAの教則本のようなものの一説を唱和するのが生理的にダメだった。恵子は無宗教、無神論者である。恵子の決心は、千里浜で学んだことと息子たちへの懺悔だった。
そして、もう一つ、お酒の恐ろしさを見せつけられた、ある光景があった。一般に女性は男性ほどには大酒を飲まないうちに発症するが、異例として、肝臓が男性並みに強く、長年にわたって深酒を続けてしまった入院患者がいた。