第十五章 再生
母が亡くなってから、半年が過ぎた。
季節は春から夏へ、そして秋へと移り変わっていた。
悲しみは少しずつ薄れていったが、完全に消えることはなかった。ふとした瞬間に、母のことを思い出して涙が出ることがあった。
それでも、私は前を向いて生きていた。仕事に復帰し、日常を取り戻しつつあった。ある日、私は母の部屋を整理していた。
遺品整理は、なかなか手がつけられなかった。母の物に触れると、思い出が蘇って辛くなるからだ。でも、いつまでもそのままにしておくわけにはいかない。
押し入れを開けると、たくさんの箱が積まれていた。古いアルバム、手紙の束、日記帳。母の人生が詰まった品々だった。
私は一つ一つ、丁寧に確認していった。
古いアルバムには、私が知らない母の姿があった。若い頃の母、学生時代の母、新婚時代の母。どの写真でも、母は生き生きと輝いていた。
手紙の束には、父からの手紙が含まれていた。
「悦子へ」
達筆な字で書かれた手紙。父は無口な人だったが、手紙では饒舌だった。
「今日は恵美の入学式だった。あの子がランドセルを背負って歩く姿を見て、感慨深かった。君に似て、しっかりした子に育っている。君のおかげだ。いつもありがとう」
私は手紙を読みながら、涙を流した。父も母を愛していた。母も父を愛していた。そして、二人とも私を愛してくれていた。
その愛情に包まれて、私は育ったのだ。
日記帳も見つかった。
母が若い頃から書いていた日記。何十冊もあった。
私は最初のページを開いた。日付は、昭和40年。母が15歳の頃だ。
「今日から日記をつけることにした。自分の人生を、ちゃんと記録しておきたいと思ったから」
母の字は、若い頃から几帳面だった。
日記をめくっていくと、母の人生が綴られていた。学校のこと、仕事のこと、恋愛のこと、結婚のこと、出産のこと。喜びも悲しみも、すべてが記録されていた。
私が生まれた日の日記を見つけた。
「今日、恵美が生まれた。女の子。3200グラム。元気な産声を上げた瞬間、涙が止まらなかった。この子を絶対に幸せにする。そう誓った」
私は日記を胸に抱いて、泣いた。
母は私の誕生を、こんなにも喜んでくれていた。私を幸せにすると、誓ってくれていた。
そして、母はその誓いを果たしてくれた。私は幸せだった。母のおかげで。
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