【前回記事を読む】亡くなった家族のことを思い出しながら、北海道・富良野のラベンダー畑の中をみんなで歩いた。

最終章   記憶は永遠に

母が亡くなってから、10年が過ぎた。私は42歳になっていた。

この10年で、私の人生は大きく変わった。

仕事を辞め、認知症患者とその家族を支援するNPO法人を立ち上げた。母との経験を生かして、同じ境遇の人たちを助けたいと思ったのだ。

「杉山さん、今日の講演、とても良かったです」

講演会の後、参加者が声をかけてくれた。

「ありがとうございます」

「母を介護していて、辛いことばかりだと思っていました。でも、杉山さんの話を聞いて、この時間を大切にしようと思えました」

「それは良かったです。お母様との時間、大切にしてくださいね」

私は全国各地で講演を行い、認知症介護の経験を語っていた。母との日々で学んだことを、一人でも多くの人に伝えたかった。

講演では、いつも母の自叙伝を紹介した。

「これは、私の母の人生を綴った本です」

本を掲げて、参加者に見せる。

「母は認知症になり、少しずつ記憶を失っていきました。でも、私が母の記憶を受け継ぐことで、母は今も生き続けています」

参加者たちは、真剣な表情で聞いてくれた。

「皆さんも、ご家族の記憶を大切にしてください。写真を撮り、話を聞き、日記をつけてください。それは、ご家族がいなくなった後も、皆さんを支えてくれる宝物になります」

ある日、一人の若い女性が私のところに来た。

「杉山さん、お話を聞かせてください」

彼女は20代半ばで、母親が若年性認知症と診断されたばかりだという。

「私、どうしたらいいかわからなくて……」

彼女は泣いていた。私は彼女の隣に座り、手を握った。

「大丈夫ですよ。一人じゃないですから」

「でも、母はまだ50代なんです。こんなに早く……」

「辛いですね。でも、お母様は今も生きています。一緒に過ごせる時間があります。その時間を、大切にしてください」

私は自分の経験を話した。母との日々、喜びも悲しみも、すべてを。

「私も、母を亡くしました。でも、母との思い出が、今も私を支えています。だから、お母様との時間を、一瞬一瞬大切にしてください」

彼女は泣きながら頷いた。

「ありがとうございます。頑張ります」

「頑張りすぎないでくださいね。辛いときは、助けを求めていいんですよ」

私は彼女を抱きしめた。かつての自分を見ているようだった。

その夜、私は母の仏壇の前に座った。

「お母さん、今日ね、若い女性と話したよ」

遺影に向かって、話しかけた。

「お母さんが50代で認知症になったんだって。私、自分の経験を話したの。少しでも役に立てたかな」

遺影の中の母は、変わらず微笑んでいた。10年前と同じ笑顔。北海道で撮った、あの写真。

「お母さんのおかげで、私は今、こうして誰かの役に立てているよ。ありがとう」

私は手を合わせた。

「これからも、お母さんのことを語り続けるね。お母さんの人生を、伝え続けるね。だから、見ててね」