何度か撮り直して、やっと満足のいく写真が撮れた。二人とも、自然な笑顔を浮かべていた。
「これ、いい写真だね」
「そうね。額に入れて飾りたいくらい」
母の言葉に、私は嬉しくなった。
旅行の最終日、私たちは小樽を訪れた。
美瑛から車で2時間ほどの距離だった。運転は少し疲れたが、母が行きたいと言ったので、足を延ばすことにした。
小樽運河は、思っていたよりもずっと美しかった。石造りの倉庫群が立ち並び、運河にはゆっくりと船が行き交っていた。どこか異国情緒のある風景だった。
「レトロな雰囲気ね」
母は運河沿いを歩きながら言った。
「昔の日本って、こんな感じだったのかしら」
「明治時代に作られた倉庫らしいよ。北海道の玄関口として栄えてたんだって」
「へえ、勉強になるわね」
私たちは運河沿いのカフェでお茶を飲んだ。母はチーズケーキを、私はシュークリームを注文した。どちらも濃厚で、北海道の乳製品の豊かさを感じた。
「おいしいわねえ」
母は幸せそうにチーズケーキを頬張っていた。その姿を見て、私は微笑んだ。
「お母さん、楽しかった?」
「ええ、とっても。こんな素敵な旅行、初めてよ」
「また来ようね」
「本当?」
「うん。今度は違う季節に来よう。冬の北海道も見てみたいな」
母の顔がぱっと明るくなった。
「雪景色もきれいでしょうね。 流氷も見てみたいわ」
「じゃあ、来年の冬に計画しようか」
「楽しみだわ」
母は子供のように目を輝かせた。その表情を見て、私は心から幸せな気持ちになった。
帰りの飛行機の中で、母はほとんど眠っていた。長い旅行で疲れたのだろう。私は母の寝顔を見ながら、この3日間のことを思い返していた。
ラベンダー畑、青い池、小樽運河。どれも素晴らしい景色だった。でも、一番心に残っているのは、母の笑顔だった。
認知症と診断されてから、母は時々暗い表情を見せることがあった。将来への不安、自分への苛立ち、周囲への申し訳なさ。そういった感情が、母の表情に影を落とすことがあった。
でも、この旅行中の母は、ずっと笑顔だった。心の底から楽しんでいるのが伝わってきた。その笑顔を見られただけでも、この旅行を計画した甲斐があった。
「お母さん、起きて。もうすぐ着くよ」
着陸のアナウンスが流れ、私は母を起こした。母は目をこすりながら、窓の外を見た。
「あら、もう東京?」
「うん。あっという間だったね」
「本当ね。楽しい時間は早く過ぎるものね」
母は少し寂しそうに笑った。
飛行機が着陸し、私たちは羽田空港に降り立った。東京の空気は、北海道と比べるとどこか重たく感じられた。
「帰ってきたわね」
「うん。現実に戻った感じ」
「でも、いい思い出ができたわ。ありがとう、恵美」
母は私の手を握った。その手は、旅行前よりも少し温かく感じられた。
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