【前回記事を読む】新千歳空港に到着すると、母は深呼吸した。確かに、東京の空気とは違って、北海道の匂いは…

第三章   北海道への旅

旅行2日目は、美瑛の丘を巡った。

パッチワークの路と呼ばれる道を、レンタカーでゆっくりと走った。窓の外には、色とりどりの畑が広がっていた。じゃがいも畑、小麦畑、とうもろこし畑。それぞれの作物が異なる色合いを見せ、まるで巨大なパッチワークのようだった。

「きれいねえ」

母は窓の外を見ながら、何度もそう言った。

「北海道って、本当に広いのね。東京とは全然違う」

「うん。空も広いよね」

「本当ね。空がこんなに大きく見えるなんて」

私たちは何度か車を止めて、写真を撮った。青い空、緑の丘、白い雲。どこを切り取っても絵になる風景だった。

「あ、あそこに木が1本立ってるわ」

母が指さした先に、丘の上にぽつんと立つ1本の木があった。

「あれ、有名な木なんだよ。セブンスターの木っていうの」

「へえ、タバコの?」

「うん。昔、タバコのパッケージに使われてたんだって」

私たちは車を降りて、その木に近づいた。丘の上に凛と立つその姿は、どこか孤高の美しさがあった。

「1本でも、こんなに存在感があるのね」

母は感心したように言った。

「周りに何もないからこそ、 際立って見えるのかもしれないわね」

私はその言葉を聞いて、ふと母のことを思った。認知症という病気と向き合いながらも、こうして前を向いて生きている母。その姿は、この木のように凛としていると思った。

午後は、青い池に行った。

美瑛で最も有名な観光スポットのひとつだ。駐車場から少し歩くと、目の前にコバルトブルーの池が広がった。

「わあ……」

母が声を漏らした。私も、息を呑んだ。

水面は鏡のように静かで、周囲の木々を映し出していた。その色は、まさに「青」としか言いようのない、神秘的な青だった。

「こんな色の池、見たことない」

母は目を丸くしていた。

「写真で見るより、ずっときれいね」

「本当。来てよかった」

私たちは池の周りをゆっくりと歩いた。角度によって、池の色が微妙に変化した。エメラルドグリーンに見えたり、ターコイズブルーに見えたり。自然が作り出した芸術作品だった。

「お母さん、ここで写真撮ろう」

「また? さっきも撮ったでしょう」

「いいじゃん。思い出は多いほうがいいよ」

母は苦笑しながらも、私の隣に立った。青い池を背景に、二人で笑顔を作った。

「はい、チーズ」

自撮りで撮った写真を確認すると、二人とも少し顔が強張っていた。

「もう一回撮ろう」

「ええ、また?」

「今度はもっと自然に笑って」